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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  西郷どん

西郷どん復習編8-奄美大島の吉之助と愛加那

月照との入水後、1人生き残った吉之助は奄美大島に流されます。吉之助自身は自害しようとしますが、大久保正助は「天に生かされた」とそれを思いとどまらせ、藩の配慮で菊池源吾と名を変えての大島行きでした。しかし吉之助は、島の人々に心を開こうとしません。吉之助が預けられた島の有力者、龍佐民の姪であるとぅまは吉之助に食事を運びますが、吉之助はとぅまの手のハジキ(刺青)を目にするや、その食事を拒む有様でした。

しかし島の人々が砂糖を年貢として納める一方で、自分たちはその砂糖を口にできず、さらに吉之助が師とも仰ぐ島津斉彬は、彼らに取っては搾取する暴君であり、人々に必ずしもよく思われていませんでした。それを知った吉之助は、自分が考える民の中に、彼らが入っていなかったことを知って苦しみます。そして嵐の翌日、熱を発して倒れている吉之助をとぅまは看病し、やがて吉之助は島の生活に馴染んで行きます。

西郷どん18吉之助ととぅま
吉之助(鈴木亮平、左)と龍佐民の姪とぅま(二階堂ふみ)

そんなある日、島の代官田中雄之助は佐民が砂糖を隠し持っていたとして、佐民と甥の富堅を牢に入れてしまいます。そこへとぅまたちが駆け付け、代官所破りをして2人を返すように迫ります。そんなとぅまにアンゴ(島妻)にならないかと持ち掛ける雄之助ですが、とぅまは承知するわけもなく、自分の簪で喉を突こうとします。そこへ吉之助が駆けつけ、役人なら民のための政をするように雄之助に言い、佐民と富堅を牢から出します。雄之助はこれを藩に知らせようとしますが、菊池源吾の正体が西郷吉之助であることを知り、直訴を取りやめます。

そして吉之助はとぅまを島妻とせず、正式に結婚し、とぅまは愛加那という名を吉之助につけてもらい、2人の間には長男菊次郎が誕生します。菊池の菊にあやかったのはともかく、菊太郎でなく菊次郎としたのは、佐民はいずれ吉之助は薩摩に帰り、正妻を迎えることを知っていたためでした。長男でありながら「次郎」であるというその意味を、菊次郎は後に、西郷家に引き取られた時に悟ることになります。

西郷どん19吉之助ととぅまの婚礼
吉之助ととぅま(愛加那)の婚礼

この奄美大島で過ごした時期は、吉之助の生涯でも苦しいながらも幸せな時期でした。この時薩摩から離れていたために、桜田門外の変に至る藩の動きに巻き込まれなかったともいえます。一方で島の窮状を見かねた吉之助は、サトウキビから砂糖を搾り取るために、老朽化しやすい木でなく、鉄の車輪を藩に要請します。その鉄の車輪を持って来たのは、久光に言われて一蔵と名を改めた正助でした。しかし正助が奄美大島に来たのは、吉之助の薩摩への帰還を促す目的もありました。正助は、吉之助を藩に戻すべく努力していたのです。

西郷どん21薩摩への帰還を乞う一蔵
吉之助(左)に薩摩へ戻るように頼む大久保正助改め一蔵(瑛太)

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[ 2019/11/29 00:45 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編7-迫り来る安政の大獄と斉彬の死

さて、徳川慶喜擁立に動いた島津斉彬、篤姫、そして吉之助たちですが、その前に斉彬の父、斉興が立ちふさがります。この斉興とお由羅への憤りは、薩摩でも激しくなっていました。そんな急進派の藩士たちを、大久保正助は止めようとしますが、有馬新七や有村俊斎(海江田武次)は納得しようとしません。そして西洋列強との戦を視野に入れていた、斉彬の異母弟久光に近づくことにします。

西郷どん13斉彬と吉之助
篤姫輿入れ後切子のグラスで酒を酌み交わす斉彬(渡辺謙、右)と吉之助(鈴木亮平)

無論これは急進派にしてみれば、裏切られたようなものでした。篤姫が輿入れしたのはその後のことで、輿入れを祝って斉彬から切子のグラスで酒を振る舞われます。集成館で新しい技術で作られる様々な物が、民の暮らしを変えるに違いないと吉之助は考えていました。吉之助は斉彬に同行して薩摩へ戻る途中、今日の近衛家で初めて月照と面会します。この月照もまた、吉之助の人生に大きな影響を与えることになります。

その後薩摩に戻った吉之助は、正助の縁談を知り、祝言に招かれるものの、にわかな登城命令で祝宴に出席できませんでした。登城が命じられたその理由は、阿部正弘の訃報でした。これは斉彬に取って大きな痛手となります。その後大久保家を訪れた吉之助は、正助にも藩の外に出る機会を与えたいと、斉彬に願い出たことを話します。しかし正助にしてみれば、吉之助が上から目線でいるようで面白くありません。吉之助が江戸へ発つ日になってようやく腰を上げ、途中で向こうから吉之助が来るのに気づきます。吉之助は言います。
「忘れ物をした。おはんじゃ、大久保正助を忘れて来た」

西郷どん13吉之助と正助
後を追って来た大久保正助(瑛太、右)と会う吉之助

その後篤姫も家定に、慶喜を擁立するように申し出るものの、彦根藩主井伊直弼が、徳川慶福を推すように家定の生母本寿院を抱き込みます。そして相変わらず将軍になるのを渋る「ヒー様」こと一橋慶喜ですが、吉之助は彼を救おうとして、生まれて初めて人を殺めます。この前に吉之助は、直弼にいわば脅されて薩摩の内情を洩らせと迫られていたのですが、吉之助は一蹴していました。人の命を奪った吉之助は、慶喜にあの男の命もあなたの命も重さは同じだと言い、慶喜はこれに意を決して井伊屋敷へ赴き、将軍となるほぞを固めます。

「大久保正助を忘れて来た」
このセリフというかこのシーンそのものが、最終回でも登場します。こうやって慶喜の将軍就任は現実化するかに見えたのですが、最終的には安政の大獄で慶喜は謹慎、さらに吉之助と親交を深めた橋本左内も刑死、主君斉彬は急病でほどなく亡くなるという、吉之助に取ってはいうなれば受難の時期が待ち構えています。そして吉之助が何とか薩摩まで連れて来た月照も、結局助命されることはなく、吉之助と共に海に身を投げることになります。

西郷どん17月照と吉之助
日向送りの船中での月照(尾上菊之助、左)と吉之助
(画像は『西郷どん』公式サイトより)

[ 2019/10/09 00:15 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編6-江戸行きと新たな出会い

真に勝手ながら4か月ほどお休みしており、今年もあと3か月半ほどなので、駆け足&圧縮版で行きたいと思います。吉之助は祖父と両親を相次いで失い、妻の須賀とも離縁します。この大河は主人公の西郷吉之助と家族を比較的重視した描かれ方ですが、家族が去った後でに江戸へ行き、今度はまた別の様々な縁で結ばれる、新たな出会いがあるという展開になっています。ただその江戸行きも自腹であり、須賀は最初は家には金子がないと突っぱねます。この彼女の強さは、正助に対しても物おじせず、言うべきことをきっぱり言うという行為にもつながっています。

西郷どん8江戸へ発つ吉之助
家族に送られて江戸へ発つ吉之助(鈴木亮平)

しかし、後で家族や友人が協力して金を調達し、最終的には須賀が手切れ金を渡すことで、辛うじて吉之助の江戸行きが叶います。ちなみに須賀が離縁したのは、吉之助は江戸に行かせるべきなのに、彼の優しさに頼ってしまって、それを果たせなくなるからというのが理由でした。江戸に行った吉之助は、有村俊斎や大山格之助と再会を果たします。しかし初めての江戸で、いきなり彼らに品川宿の磯田屋に連れて行かれ、しかも要領が悪いため、門限を破ったところを見られてしまいます。罰として庭掃除を命じられるものの、これがきっかけとなって、斉彬のお庭方となって脇差を拝領します。何やらジョン万次郎の時と同じで、斉彬が最初から目をつけていたと取れなくもありません。

そして徳川斉昭への使いを命じられた吉之助ですが、どこかで見た顔に出くわします。それは磯田屋の遊女およしが、ヒー様と呼んでいた遊び人風の人物でした。このヒー様は実はこの斉昭の息子で、一橋家の養子となっていた慶喜でした。無論慶喜自身はそれを否定します。将軍家定に子がいないため、紀州家の慶福か、それとも慶喜かという後継争いが密かに起こっていたものの、この人物はそれに巻き込まれるのをかなり嫌っていました。しかも斉彬の養女篤姫は、子のない家定への輿入れが決まるわけですが、それはお世継ぎを産むのではなく、慶喜を将軍にするための根回しを期待されてのことでした。それまでひたすら忠誠を尽くすだけだった吉之助に、物事の様々な裏の面が見えて来るようになります。

西郷どん9吉之助あごをひねる斉彬
斉彬(渡辺謙、右)はお庭番を命じた吉之助のあごをひねる

この大河では所謂精忠組(その当時そう呼ばれてはいなかったようです)の活躍というよりは、吉之助の身内や糸、ひいては篤姫との出会いが多く描かれています。そのため人によっては物足りないこともあったようですが、この描き方もまた一つの方法ではあります。その手法が後の島編、またその後の糸との再婚にもつながるといえます。無論女性だけではなく、ヒー様との出会いもまたその後を左右するものでした。およしという名でここの遊女となっていたふきと出会うのみならず、遊び人の姿で磯田屋に出入りし、将軍に推挙されることを殊の外嫌う彼と知り合ったことで、吉之助はこの人物の素性を少なからず知ることになります。この磯田屋はいわば基地の役目も果たしており、吉之助はさらに橋本左内とも昵懇になりますし、後に長野主膳の手下が彼らを襲うのもここでした。

この作品では、一貫して民の為を思う吉之助という視点で描かれ、それ故斉彬の思想にも感銘を受け、主君と家臣というよりは、師とその弟子といった姿が顕著になって行きます。またそれ故に、斉彬の父斉興に食ってかかったり、まだ若さがかなり残る吉之助の姿も描かれます。この最初の江戸行きの時点では未熟で、政治的才覚もなく、周囲からの影響を受けっぱなしの吉之助ですが、後に篤姫と接することで世間の厳しさを学ぶことになります。さらに京での近衛忠煕や月照との出会いによって、その後の進むべき方向があらかた決定されるわけですが、それは一度断ち切られることになります。

西郷どん10ヒー様と吉之助
ヒー様こと一橋慶喜(松田翔太、左)と磯田屋で会った吉之助

[ 2019/09/16 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編5-御前相撲出場と糸の思い

糸の下駄が吉之助の頭に命中して流れて行ったため、吉之助は糸に自分の草履を与えるものの大きすぎ、結局は糸を背負って、捕らえた鰻を渡すために大久保家まで行きます。さらに吉之助は糸のために草履を作り、迷惑をかけたと思う糸は、返礼として小物入れを作って吉之助に渡します。糸は海老原家との縁談をまだ決めかねており、それを見ていた大久保正助は、糸を密かに思っていたものの、当の糸は吉之助を思っていることを知ります。

その頃仙厳園では御前相撲が行われていました。下加治屋町郷中の総代、つまり代表は吉之助でなく村田新八に決まり、新八も本番に向けて意気込んでいたものの、当日になって腹具合が悪くなり、土俵を汚してはならぬと吉之助が代役を買って出ます。本来届け出のない者が出場することはできませんが、それが吉之助と聞いた島津斉彬はこれを認めます。そんな吉之助を応援し、菓子を賭けたのは斉彬の養女於一(篤姫)でした。吉之助は勝ち上がり、決勝戦で糸の縁談相手である、海老原重勝と対戦することになります。

西郷どん5吉之助代役 
新八の代役として土俵に上がる吉之助(鈴木亮平、左)

吉之助は重勝が足首を負傷していることを知りますが、わざと負けることも、相手の弱い点を突くこともせず、四つに組んで勝ちます。それを見た斉彬は自分も名乗りをあげ、吉之助と組むことになりますが、吉之助はひるまずに斉彬を投げ飛ばし、そのため西田町下会所の牢に入れられてしまいます。しかしそこには奇妙な姿の先客がいました。下男がその男を殺そうとしたため、吉之助はその下男を失神させ、妙な先客を背負って逃げ出します。実はこれは、すべて斉彬の仕組んだことでした。

この男ジョン万次郎は、かつて漁船が漂流してアメリカの捕鯨船に助けられ、その後しばらくアメリカで暮らすものの、故郷の土佐の母に会いたくて密かに戻って来ていました。アメリカでは愛のことをラブと言い、結婚も好きな物同士のラブによるものだと聞いて吉之助や正助たちは驚きます。このこともあって正助は吉之助に、糸に会って縁談を断らせるべきと言いますが、吉之助はその意を汲むことができません。どうも吉之助はこの辺に疎い人物で、それが後々まで続きます。

しかもこの時吉之助には、伊集院家の娘須賀との縁談が来ていました。結局糸は重勝と結婚することになり、この時点で一見丸く収まったかに見えますが、後に子供ができないことを理由に離縁されてしまいます。それはともかく、2人の男女はそれぞれ違う相手と結ばれることになり、「ラブ」とも無縁で、正助の骨折りも水泡に帰した感はありました。しかし最後に糸は、子供の頃から吉之助さぁをすいちょりもしたとそっと打ち明け、去って行きます。

西郷どん6吉之助と糸 
吉之助に思いを打ち明ける糸(黒木華、左)

無論この一連のことはフィクションと思われますし、その当時薩摩の男女がここまで思いを打ち明けるなどというのも、恐らくはなかっただろうとは思います。しかし描かれ方としては面白いものがあります。またこの第5話と第6話は艶事だけが描かれているわけではなく、その裏で進行している事案ももちろんありました。次回はそれについて書く予定です。またこれに関して、以前ご紹介した鈴木祐司氏の記事がありますのでご紹介しておきます。

大河ドラマ『西郷どん』は“出会いと別れ”の物語~林真理子&中園ミホの魔法で今後は静かにブレーク!?~
ここに登場する満足度は、面白かったか否かの5段階評価で、今のところ関東地方でのみ実施されているようです。最近満足度とか視聴熱、視聴質などなど様々な指標があってちょっと戸惑います。専門家の分析には不可欠なのかもしれませんが。

それから記事中の「テレビウォッチャー」のリンクですが、現在売り出し中のドメインに飛ばされますので、興味のある方は下記リンクからアクセスしてください。

[ 2019/04/22 23:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編4-斉彬の藩主就任と国入り

赤山靱負の切腹、そして大久保次右衛門の遠島と、吉之助の身の回りが慌ただしくなります。吉之助は斉彬に書状を送ると共に、赤山の血染めの着衣をも江戸に届け、それは斉彬の心を大きく動かすことになりました。そして嘉永4(1851)年、斉彬の父斉興は、将軍家慶に目通りするも、その場で朱衣肩衝(あけのころもかたつき)の茶器を渡されます。この茶器は戦国期の茶人、武野紹鷗が所有していたといわれていますが、これは即ち、隠居を勧告されたに等しいものでした。つまり、これからはのんびりと茶でも嗜んではどうかという意味が込められていたのです。斉興は当然これに立腹しますが、その斉興を斉彬が訪ねます。

斉彬は最早、父に薩摩を任せてはおけないと考えていました。そして父に短銃を見せます。あのロシアン・ルーレットのシーンです。斉彬はまず自分に向けて引き金を引き、無事を確認したうえで父に短銃を渡します。斉興は引き金を引くのを躊躇し、銃を取り落としてしまいます。当初は、実はこれには弾丸が込められていないのだろうと思ったものですが、後で斉彬が引き金を引いた際に、実際に弾丸が飛び出したことから、決死の覚悟であったことが窺えます。ともあれ、これで斉興は藩主の座を下り、斉彬が新藩主となりました。

この知らせが薩摩に届き、吉之助は内職に励んでいる大久保家へ向かってこのことを報告した後、まだ謹慎中であった大久保正助に笠をかぶせて、外へ連れ出します。言うまでもなく赤山靱負の墓前に、このことを報告するためでした。しかしその場には、既に糸が来ていたのです。後にこの糸と吉之助、正助の間でちょっと妙な具合になるのですが、それはまたその時に。ともあれ、晴れて新藩主となった斉彬は国入りを果たします。新しい殿様について走り出す子供たちを、追い払おうとする供の侍に対して、斉彬はこのように言います。
「手荒にするな、子供は国の宝だ」
そして自ら、子供たちに対して顔を見せる型破りな藩主でした。

その後正助の謹慎はまだ解かれず、吉之助は正助のために本を借り、糸は紙を差し入れします。一方で斉彬は、斉興時代の家臣をまだ重用しており、お由羅に味方した者たちに何の処罰もないということで、有村俊斎が怒りを露わにします。無論これは斉彬にも考えがあってのことでした。先代の家臣を引き続き登用したのは、論語に拠るところが大きいようです。そして斉彬の藩主就任により、御前相撲が開かれるのを知った吉之助は、これに勝って次右衛門をはじめ、斉彬のために尽力した者の赦免を求めようとします。この辺りが吉之助らしくはありますが、無論勝者には米10俵が与えられるのも大きな魅力でした。

そういう吉之助に糸は好感を抱いていました。しかし糸は父から海老原重勝との縁談を持ち出され、悩んでいました。しかし父直温にしてみれば、娘が郷中の男たちと親しくしているのは、あまりいいものではありませんでした。糸は結局、甲突川に掛かる橋の上で下駄を蹴り上げ、表が出たら嫁に行く、裏が出たら縁談を断ることにしようと思ったものの、勢いがよすぎたため、甲突川の中にいた人物の頭を直撃します。その人物は吉之助でした。

西郷どん4斉彬薩摩入り 
国入りを果たす島津斉彬(渡辺謙)

[ 2019/04/06 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編3-ふきと半次郎

成長して名を吉之助と改めた小吉は、郡方書役助となっていました。秋に収穫を見たうえで、年貢の徴収をする仕事でしたが、迫村を回っていた時に、借金の方に身売りされそうになっている少女を見かけます。少女の名はふきといいました。ふきは母親が病気で極貧の生活を強いられており、借金返済どころか年貢を納めるのもままならず、吉之助は自分の収入と上役である井之上の賄賂を借金取りに渡し、取りあえずその場をしのぎます。

この行為、さらに百姓のことを考えてくれと調所広郷に頼む姿勢、役人の不正に目をつぶっていられないという辺りにまだ若い、言い換えれば青臭い吉之助の姿を垣間見ることができます。吉之助は一律に年貢を取り立てる定免法ではなく、収穫量に応じて取り立てる検見取りを行うことにします。これで百姓のためになると思ってのことでしたが、実は百姓たちは隠し田を作っていました。目こぼしをしてくれと言われた吉之助は、肩透かしを食わされたような気がします。

結局ふきは両親や弟のために身売りされ、別れ際に立派なお侍に会えて嬉しかったと吉之助に伝えますが、吉之助は、女子一人救えない単なるやっせんぼだと自らを責めます。さらに後に父吉兵衛が、祖父龍右衛門や弟信吾の薬代さえないことから借金を決め、その帰り道に棒を持った少年が、庄屋達に真っ向から立ち向かうのを見て驚きます。少年の名は中村半次郎で、遠島となった父の田畑を取り上げられていましたが、そこの芋を持ち去ったため追われていました。

その後吉之助は、借金で買った米を熊吉の身内のイシの許へ持って行き、そこへ泊まった翌朝、半次郎の一家が逃げて行くのを見かけます。無断で藩を出るのは禁止されており、吉之助はこのことを赤山靱負に相談して、半次郎の家の田畑を安堵してもらうように掛け合って、今度はうまく行きます。ふきのことでは失敗したものの、次の半次郎の件ではやっと力になることができました。さらに赤山靱負から、吉之助の思うは島津斉彬に届くと言われ、吉之助は何通もの書状をしたためます。

しかし斉彬が藩主になるまでには、まだ困難が待ち受けていました。斉彬は父斉興の不正を暴こうとし、調所広郷は主に累が及ばないよう、自分が罪を着て自殺します。さらに側室のお由羅は、自分が斉彬の子を呪い殺したと噂され、この騒動に関わった人々が処刑または遠島となります。さらに赤山も切腹となり、吉之助の周囲にはまだまだ不穏かつ不安定な空気が流れていました。薩摩が安定するのは、斉彬が藩主となって国入りした後になります。

西郷どん2役人になった西郷 
郡方書役助となった吉之助(鈴木亮平)
(西郷どん公式サイトより)

[ 2019/03/14 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編2-ハンディを背負う小吉

自分より小さい者、弱い者を助ける存在になろうと心に決めた小吉ですが、ある日川沿いを歩いていると、平之郷中の尾田栄作とその仲間が行く手を塞ぎます。栄作は妙円寺詣りで糸のいた下加治屋町郷中に負けたことで、仕返しをと企んでいました。栄作は刀を抜き、小吉は側にあった棒で応戦しますが、右肩を斬られてしまいます。郷中では抜刀は禁止されており、しかも目下の者を斬ったことから、栄作の父は息子と西郷家を訪れ、息子にその場での切腹を命じます。しかし吉兵衛と小吉は下級武士でもあり、あまり強く出ることもできず、喧嘩両成敗だとその場をとりなします。その時の栄作の勝ち誇ったような表情は、小吉の目に強く焼き付きました。

右肩の腱を斬られた小吉は、医者から刀を持つことはできないと言われます。刀を持てないということは、殿の側に仕える望みを絶たれたも同然でした。今度は自分が、いわばハンディを背負うことになった小吉は外へ出て、木の太い枝を握って振り下ろそうとしますが、それだけでも痛みを覚えるようになっていました。小吉は丘を上がって行き、斉彬と久光の兄弟がそこで狩りをしているところに遭遇します。小吉は斉彬の馬の前に這うようにして現れ、獲物かと思って鉄砲を向けた斉彬は、人間であったことに驚いてこう言います。
「あぶねえじゃねえか」

小吉は刀を持てなくなった自分に絶望して、生きていても仕方のない人間であると言い、目から涙をあふれさせます。そんな小吉に斉彬は言います。今までのように、侍が重い刀を2本も差して歩く時代は終わる、これからは弱き者の声を聞き、民のために尽くせる者こそが真の侍になるのだと言い、もし自分が生きていればまた薩摩に戻るから、真の強い男になっていたらまた会おうと言って去って行きます。無論この時期、斉彬が薩摩にいたという記録はありませんがそれはさておき。後に赤山靱負からCangoxinaの意味を知らされた小吉は、仲間と共にその名が外国の地図にあるのに驚き、その後城山に上ってこの字を石に刻み付けます。

リアルタイムで観た時、この城山の部分恐らく最終回の伏線であり、これで西南戦争まで描かれるなと思ったものです。しかし弱き者の味方になると決心した小吉が、自ら刀を持てなくなってしまい、また下級武士ゆえの不条理を味あわされることになります。これで殿の側に仕えるという夢も捨てざるを得なくなりました。恐らく右肩を斬られたシーンが登場したのは、この大河が初めてではないかと思われます。ちなみにこの時の医者を演じたのは、ご先祖が薩摩藩の医師であった山下洋輔さんです。

しかし斉彬と偶然出会ったことが、その後の自分の生き方を決定づけることになります。ちょっと偶然杉という感も無きにしも非ずですが、ともあれ斉彬の「弱き者の声を聞き」と「子供は国の宝」は、彼の一生を通しての信条となりました。また侍が重い刀を差す時代は終わると言ったのも、刀を持てない小吉の背中を押した感はあります。ともあれ、彼は農村を見て回る役に付くことになり、そして出会った「弱き者」を助けようと、死にもの狂いになるのですが…。

西郷どん1斉彬と小吉
小吉(渡辺蒼、手前)と馬上の斉彬(渡辺謙) 
『西郷どん』公式サイトより

[ 2019/03/08 23:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編1-岩山糸との出会い

では『西郷どん』復習に行きます。第1回「薩摩のやっせんぼ」では、小吉、後の吉之助→隆盛が、それまで未知であったものを学ぶシーンが描かれています。

加治屋町郷中と高麗町郷中の少年たちは、甲突川での鰻取り合戦から川の中での相撲となり、高麗町郷中の有村俊斎、後の海江田武次が磯御殿の菓子のことを話します。俊斎は茶坊主として御殿に上がっていたため、豪華で色鮮やかな菓子を目にしており、それを盗んだ方が勝ちということになります。何とも大それた話ではありますが、下加治屋町と高麗町の郷中の少年たちは舟で磯御殿へと向かいます。ところがそこには長い髪を束ねた少年がいて、自分のことを「いとう」と名乗ります。いとうも加えることになり、一同は磯御殿で門番に見つからないように忍び込みますが、村田新八が池に落ちたため後を追われます。小吉をはじめ、加治屋町の郷中の少年たちは丘へと登りますが、そこで天狗のような男が大砲をぶっ放しているのを目にします。

少年たちは慌てて逃げ出そうとしますが、新八が今度は着物が引っ掛かり、逃げられずに「天狗」につかまってしまいます。小吉は「天狗」をにらみ、自分は薩摩隼人だから死ぬ覚悟はできっちょと言いますが、逆に、一番小さい者を見捨てて逃げようとして、何が薩摩隼人だと睨まれます。「天狗」は側にあったカステラ何切れかを紙に包み、口止め料だとよこします。下加治屋町郷中の少年といとうは、カステラを美味しそうに食べますが、小吉はその紙に書かれた"Cangoxina"の文字に興味を惹かれます。

この時出会ったいとうは、その後行われた妙円寺詣りでも一緒になります。いとうは俊足であり、他の郷中の少年たちを追い抜いて行きます。最終的にいとうのおかげで、下加治屋町郷中は1位になり、餅をもらえることになります。しかしそこへやって来た平之郷中の少年たちが、いとうに、岩山家の娘ではないかと言い、女であることがばれてしまいます。いとうの本名は岩山糸でした。自分も郷中で勉強したい、剣術を学びたいと思っており、甲突川での相撲を見ていて、男装することを思いついたようです。よくそれまでばれなかったなと思いますが、それはさておき。あらすじと感想でも書いていますが、小吉は出て行けとも言わず、また糸の言葉にすんなり同意もできずにためらいます。結局糸は、女でない者に女の気持ちはわからんと言い捨てて去って行きます。

小吉に、弱い者や女性に対する意識が芽生えたといってもいいでしょう。その後女装して町へ出て、女であるというのがどんなものか体験してみます。実際そこで突き飛ばされたり、洗濯物を男女別に洗うのを見たりするのですが、当然というか父吉兵衛に叱られて連れ戻されます。戻る道すがら、小吉は殿様の側に仕えたいと父に言いますが、吉兵衛はそれは無理だと言い、下級武士はそろばんができなければならないと答えます。そこで小吉は剣術に打ち込むことになりますが、その後下級武士であることの辛さを痛感することになります。

ところで糸が登場するシーンですが、普通の女の子の格好をしている時は甲突川の橋(ここは実によく登場します)など、比較的小吉に近い所にいます。一方男装をしている時は、磯御殿や妙円寺詣りなど、いわば「非日常の」空間であることが多いです。小吉に近い場所では女の子の格好というのは、後の吉之助の妻となるその暗示と取れなくもありません。一方で非日常空間で男装というのは、小吉や少年たちの同志的意味合いが感じられます。男装ではありませんが、後に高千穂まで菊次郎を見舞いに行く、その布石のようにも思えます。

西郷どん1糸の正体 
糸(渡邊このみ、左)が女であるとわかり、驚く小吉(渡邊蒼、右)
(西郷どん公式サイトより)

[ 2019/03/05 01:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

みなさまの声と西郷どん

前から書こうと思っていたのですが、NHK「月刊みなさまの声」2018年12月号の、『西郷どん』のデータに関してざっと触れておきます。

NHKに寄せられた意見の中では、
好評意見 1,525
厳しい意見 2,261
問い合わせ 10,556
その他 1,589
となっています。

これでは直近5作品のデータが比較されています。総数は15,931件で、直近5年間では『真田丸』に次いで2位となっています。厳しい意見1に対し、好評意見は0.7ほどです。ちなみに5作品中一番好評意見が多いのが『真田丸』、次が『おんな城主 直虎』となっています。個人的に『直虎』の好評意見はどうかなと思いますが、この2作品はSNS、特にツイッターで盛り上がったこともあり、その結果好評意見が多く寄せられたかと思われます。

好評意見は俳優さんの演技、OPや脚本、演出に加えて、方言もわかりづらいけどよかったという声があります。一方で厳しい意見としては、薩摩言葉がわからない、セリフが聞き取りにくい、西南戦争をもっときちんと描いてほしいなどに加え、台風での番組放送中止の対応、それによるBSの放送のダブりなどが挙げられます。なお好評意見は女性に多く、年配の男性では好評意見もありますが、厳しい意見も多くなっています。

それからこのデータに特徴的なのは、問い合わせの多さです。全体の3分の2ほどが問い合わせとなっています。主に薩摩言葉、タイトルバックの映像などに加え、ここでもやはり台風で中止された時の問い合わせが多いようです。特に台風で中止となった「江戸無血開城」の回などは大部分が問い合わせで占められています。

最終回のツイートが14ページで紹介されています、興味のある方はどうぞ。
(NHK ONLINE 月刊みなさまの声2018年12月)

[ 2019/03/01 23:15 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

そろそろ西郷どんの復習を始めます

まず先日の海自東京音楽隊関連投稿ですが、村上さんの口上と『西郷どん』のOPはアンコールの時のものです。これは投稿分にも加筆しています。

そろそろ『西郷どん』の復習を始めようかなと思っています。復習といっても、今までの分の録画をもう一度観返して、文献や資料などと照らし合わせてみる程度のものですが、意外と今までに発見できなかったものが見つかるかもしれません。薩長同盟の際の薩摩琵琶に関して、確かめておきたいものもありますし、一応公式サイトが削除される前に、あれこれ参考になりそうなコンテンツをキャプしてもいます。昨年鹿児島に行きたくて行けなかったのですが、今年もまた秋にはワールドカップもありますし、どうなることやら。

しかし一口に幕末といっても、その舞台になる土地により受け止め方は様々です。無論薩長土肥も、それぞれの藩により事情は異なります。先駆者としては薩摩だとは思います。日本の南端にあって、東シナ海が近いことから、アジアに拠点を築こうとする西洋列強の存在も感じていたでしょう。長州との違いとしては、吉田松陰のような思想家がいなかったこと、一部藩士が血気にはやって攘夷を行った点がなかったことなどが挙げられます。過激な思想の持ち主は、寺田屋事件で処分されていますからね。

司馬遼太郎氏は、薩摩の気風として理屈を好まないこと、大親分的な人物(たとえば西郷隆盛のような)に従う傾向があるということを挙げています。考えてみれば、島津斉彬も若い頃の西郷の「親分」的な存在ではありました。こういう気風とはやや異なる存在であったことが、大久保利通が疎まれた一因となってもいるようですが、もちろんそれがすべての薩摩藩士に当てはまるかどうかはわかりません。一方長州は理屈好きであり、さらに親分的存在を好まない、桂小五郎でさえそうではなかったという点が挙げられています。

それにしても、男性が主人公の長州大河を観たいものです。

飲み物ーホットワイン 
[ 2019/02/12 01:15 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも再来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出しました。これを機に、今後さらに上を目指してほしいです。そのためには、国内のラグビーももっと変わってしかるべきでしょう。

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