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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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『八重の桜』に見る人情の機微

やはり『花燃ゆ』に比べると、『八重の桜』の方が史実も登場するし、人情が細やかに描かれていたのは事実です。八重の兄への思い、覚馬の八重と尚之助への思い、尚之助の八重への思いなどなど、かなりきちんと描かれていたと思います。DVDだと2巻目になりますが、八重が照姫の祐筆(秘書)の候補になって、尚之助がどこか落ち着かない表情を見せたり、結局時尾が祐筆に決まったことで、逆に「ほっとしました」などと言うところを見ると、この人は本当は前から八重のことが好きで、それに気づいてほしかったのだなというのがわかりますし、八重もどこか尚之助を意識しているのも垣間窺えるのですが、今年の大河にこういう、何か心温まるような描写は残念ながら見当たりません。それどころか、心が冷えてしまうようなシーンが多いのが実情です。

また覚馬や秋月悌次郎が、京での長州に対しての懸念やあれこれ気をもむ場面とか、京都守護職で会津藩主である松平容保と、家臣たちの関係、また孝明天皇と容保の信頼関係といったものも、『花燃ゆ』には登場しません。無論その逆に、薩摩と岩倉具視の工作の場面などもこれまた登場しない。そもそも歴史上の主だった人物の登場がきわめて限られるうえに、人物の描かれ方が表面をなぞったようにしかなっていないので、それだけの深みが出ないというべきでしょう。限られた人物しか登場しない一方で、楫取素彦が1人で何役も請け負っているという、まるでキメラのような設定になっています。楫取はもう1人の主人公といえますが、この人と美和とですべてを、かなり強引に切り開いているような設定になっていますから、他の人物の存在感がきわめて薄く、それが面白みのない状態を作り出しているといえます。

楫取は明治編で、明らかに木戸孝允や大久保のお株を奪っているわけですが、一方美和も姉の寿のお株を奪っているわけで、しかもしょっちゅう楫取と2人きりになっている。そして寿が如何にも幸薄い印象になっています。実際は寿は楫取を支える妻で、群馬県令時代の功績は、寿の内助の功に負うところも大きいらしいのですが、この大河では、病気に倒れた寿は手柄は美和に持って行かれるし、しかも夫と不倫(と言っていい)をされるとあっては踏んだり蹴ったりです。前回、『花燃ゆ』が日本人のメンタリティからかけ離れていると書きましたが、少なくともその当時の日本人の考えでは、こういう展開にはならないと思います。2人の主人公の不倫と、向上欲があからさまになっている気がするのですが、 あと7回の放送はずっとこの路線なのでしょうか。

コーヒー

 
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[ 2015/10/29 00:18 ] 大河ドラマ 八重の桜 | TB(-) | CM(0)

『八重の桜』に見る幕末の対立構図

では口直し?に、『八重の桜』の感想に行きたいと思います。会津で鉄砲の研究と開発に打ち込むことになった川崎尚之助と山本覚馬、そして八重の3人を軸に話が進み、覚馬は西洋式の兵学を広めるべきと主張して、藩の上層部と対立し、一度は蟄居を命じられたものの、その後砲術の指南役で取り立てられます。また尚之助も、洋学を教えることになり、象山塾で共に学んだ吉田寅次郎の刑死に涙します。一方覚馬は妻うらを娶り、子供も出来るのですが、攘夷浪士が山本家に乗り込んだ時にうらは転倒して、流産してしまいます。その後娘を授かり、覚馬は会津守護職となった藩主松平容保と共に京に向かい、洋学所を開くことになります。しかしこの京への旅が、実は苦難の始まりとなります。

この松平容保の京都守護職就任ですが、他にも候補者がいたものの、結局容保に要請が来て、引き受けざるを得なくなったというのが実情のようです。この時もし容保が引き受けていなければ、恐らく幕末の会津対薩長の対立はなかったはずです。実際藩に取っても大変な出費であり、その財政事情が後々の会津に影響を及ぼしてくることになります。また壬生浪士組、後の新選組を配下に置いたことで、会津の方では反発もあったようです。薩長、特に長州側から見れば、会津は新選組を使って京を思うままに支配していたと捉えられがちですが、会津は会津で、なかなか大変だったようです。

また会津の話の割には、薩長勢もそこそこ登場しているため、双方の事情がわかるようになっています。もちろん、薩摩のブラックなところもしっかり描かれています。『花燃ゆ』が『八重の桜』になれなかったのは、この辺も影響しているでしょう。薩摩の人物は言うに及ばず、幕臣や松平容保も出していたのであれば、もう少し深みが出て、俯瞰的な見方ができる大河になったはずなのですが。無論『八重の桜』もすべてが登場しているわけではありませんから、吉田寅次郎は出て来ても、松下村塾は出て来ません。従って高杉晋作も登場しないし、幕末物の定番キャラ、坂本龍馬もいません-それらしき人物は出て来るのですが。それこそこの時福山さんがサプライズで登場して、京で覚馬と会っていた、あるいは象山塾に潜り込んでいたなどとしてもよかったとは思いますが。特に、千葉道場を抜け出して象山塾にふらりと入ってしまったなんて設定だと面白かったかも。

閑話休題。一方国許では、八重が尚之助と一緒に鉄砲の開発にいそしみ、兄嫁のうらとも心を通わせるようになっていました。京も佐久間象山暗殺から蛤御門の変へとなだれ込んだものの、容保の守護職就任によって、とりあえずは平定され、このドラマの中でもかなり平穏な時期でした。しかし覚馬はこの時の負傷がもとで、後に失明することになります。そんな折、覚馬は八重の結婚に関して、国許へ手紙を送ります。その縁談の相手とは、ずばり尚之助でした。八重は、兄覚馬の代わりと思って付き合ってきた尚之助との縁談のことを知り、最初は断ります。

実は尚之助も、当初は断る予定でした。八重が嫌いだからなのではなく、会津で藩士待遇になっていないため、屋敷を構えることができなかったからです。しかし最終的に2人は結婚の意志を固め、山本家の離れを仮住まいとします。しかし藩士でない尚之助への風当たりは強く、婚礼の席で嫌味をいわれたりもしました。その場を取り持とうと八重の父、権八が客に酒を勧め、尚之助もそれに付き合って、2人も酔いつぶれてしまいます。八重は母と兄嫁の力を借りながらも、自分の夫を担ぎ上げて新居に向かいます。何とも型破りな花嫁なのですが、新居で兄から贈られた京紅を目にした時は、実に嬉しそうな表情を見せます。目を覚ました尚之助が、八重の唇にその紅を塗ってあげるところは微笑ましいものですが、この生活も幕末の動乱に巻き込まれ、そう長くは続きませんでした。

ドリップコーヒー





 
[ 2015/10/15 00:21 ] 大河ドラマ 八重の桜 | TB(-) | CM(0)

山本覚馬という人物

このところちょっと『八重の桜』に肩入れしすぎかなとは思いますが(『花燃ゆ』より面白いのは事実ですが)、川崎尚之助について触れたので、山本覚馬についても書きたいと思います。パペットホームズも、後で前回放送分を投稿予定ですのであしからず。

さて覚馬自身も洋学者であり、洋式砲術の指南役です。何せ山本家が、かの山本勘助の流れを組むといわれており、いわば会津における兵学のエキスパートであったわけです。江戸で佐久間象山から教えを受けた覚馬は、故郷の会津の日新館で教鞭を執ります。ドラマではこの時日新館に尚之助を招聘し、彼を教授として取り立てようとしますが、守旧派の上層部から何度も突き返され、最終的には1年間の謹慎を命じられてしまいます。謹慎が解けた後は会津で軍事関連の要職に就き、尚之助も藩士たちを教えることになり、更に覚馬は藩主松平容保の京都守護職就任に伴って京に上り、西洋式軍事教練を行って、諸藩の様々な人物と交わることになります。

しかしその後眼病を患い、視力が落ちて行く中で、西周(にしあまね)との交流も深め、西の『百一新論』(後述)の出版にも関わっています。また、佐久間象山の遺児の面倒を見たとも言われています。そして武器の買い付け、あるいは造船所の建設計画など八面六臂ともいえる大活躍でした。幕末における会津を代表する人物であり、更に戊辰戦争後は一旦新政府軍に拘束されるものの、明治に入ってから釈放されて京都の治政に携わり、果ては妹の八重の夫となった、新島襄と共に同志社を創設します。その後キリスト教の会衆派の信者となり、同志社のために尽くすようになります。

ドラマではいい相棒であり、義兄弟であった川崎尚之助とは、明治後大きく違った人生を歩くことになりますが、妹の2度目の夫である新島襄にも、今度は尽くすようになることを思うと、常にこの覚馬の人生は、本人→妹(八重)→八重の夫(尚之助、襄)という歯車によって回転している印象もあります。というか、自分がこれはと見込んだ人物を、妹にめあわせたということなのですが、これこそが『八重の桜』にとって、覚馬が不可欠な存在、あるいは覚馬がもう1人の主人公である所以でしょう。正に「人むすぶ妹」(『花燃ゆ』第1回のサブタイトル)です。『花燃ゆ』も、こういう描き方をすればよかったかも。

それにしても川崎尚之助の人生は、なまじ学識や才能もあって義に篤い人物でもあっただけに、彼の最晩年には何か痛ましさを感じます。もし彼が覚馬と出会わなかったら、あるいはたとえば大坂の適塾に行って、大村益次郎や福沢諭吉と親交を温めていれば、また違う人生が開けていたでしょう。無論橋本左内のように、安政の大獄に巻き込まれた可能性も否定できませんし、あるいは戊辰戦争に、「新政府軍」の一員として参加していたかもしれませんが。

余談になりますが、西島さんと長谷川さん、お2人ともそこそこ好きなので、また大河に出てほしいですね。来年はほぼ決まりですので、再来年の『おんな城主 直虎』で、西島さんに今川義元の役を演じてほしいものです。長谷川さんは明智光秀など適役かもしれません。今川義元といえば、『風林火山』での谷原章介さんが演じた義元もよかったです。

最後になりましたが、『百一新論』についてはこの記事が参考になるかと思います。
山本覚馬の『百一新論』出版の不思議 (同志社女子大学サイトより)

磐梯山


 
[ 2015/09/26 21:30 ] 大河ドラマ 八重の桜 | TB(-) | CM(0)

川崎尚之助という人物

「八重の桜番外編」です。この人物に関しては、色々不明な点が多かったのですが、『八重の桜』制作発表後しばらくたって、歴史研究家のあさくらゆう氏の研究発表により、それまでわからなかった点が、色々と明らかになって来ました。かつては会津藩を見捨てた人物のように捉えられていたのが、実は斗南藩(会津出身の士族が開拓した青森県北部の地域)の農作物を、函館で取引するという事業を展開し、しかもトラブルに巻き込まれた時も、斗南藩に迷惑をかけられないと自分だけでその罪を背負い、結果莫大な借財を抱え込む破目になります。

元々尚之助は出石藩、現在の兵庫県の豊岡市の人で、江戸で蘭学を学んでいて、八重の兄の山本覚馬と出会い、会津藩に招聘されます。やがて覚馬の妹の八重と結婚するも、戊辰戦争後夫婦は引き裂かれ、八重は尚之助の弟子のとりなしで米沢に向かうも、その後兄から離縁を勧められます。一方尚之助も、戸籍を作ることになった時に、八重に迷惑はかけられないと、敢えて妻の名を載せなかったと言われています。その後尚之助は不遇のうちに肺炎で死去します。享年40歳でした。 このあさくら氏の調査では、彼の墓石も発見され、しかも昭和46年、1971年当時にはなかったとされていた墓柱も、その2年前の写真に写っていたことが確認されています。

礼儀正しく義に篤かったといわれるこの人物、あるいは今後もまだどこかから史料が見つかるのでしょうか。それを期待したいところです。特に『八重の桜』では、山本覚馬もそうですが、女性に好かれるキャラ設定であったともいえますし、実際放送と同時か放送後に、この川崎尚之助を扱ったサイトやブログも登場しています。真剣に武器開発に打ち込み、なのに戦後は離ればなれになって、かつての妻と出会ったものの、悲劇的な最期を遂げる彼に、心を動かされた人も多いでしょう。 覚馬の西島さん、尚之助の長谷川さんの配役もよかったです。

この記事は、以下の文献を参考にしています。
第16回 新島八重と川崎尚之助 ~会津に尽くした生涯~ (八重と同志社) 

会津鶴ヶ城 
[ 2015/09/26 01:30 ] 大河ドラマ 八重の桜 | TB(-) | CM(0)

幕末大河に登場する白の羽織について

『花燃ゆ』の高杉晋作の着物が白っぽいことに関しては、以前から何度かこのブログでも指摘していました。高杉晋作というのは基本、書生のまま生き、そのまま世を去ったようなところがあると思いますが、あの白い羽織は、ちょっと書生には見えない、何かそうそうたるお武家のイメージがあります。高杉が登場したころ、文(美和)の弟の敏三郎を遊郭に連れて行くところがありますが、その時は白っぽい格好でもそう違和感は感じませんでした。

ただ、松下村塾であの格好は、やはりちょっと違和感がありました。あの場面では、キャラ設定の上でも、書生らしく黒の羽織を着てほしかったなと、もう高杉が登場しなくなった今でも思います。できれば着物は絣か何かで。『龍馬伝』の伊勢谷友介さん演じる高杉晋作は着流しが中心でしたが、この時の高杉も、お城に上がる時には袴をつけて、しかも黒の羽織を着ていただけに、余計にそう思うのかもしれません。

一方で、『八重の桜』で八重の最初の夫である川崎尚之助も、白っぽい羽織を着ています。彼の場合は書生ではなく洋学者ですので、白っぽい羽織でも説得力があります-汚れるだろうなとは思いますが。まあ高杉役の高良健吾さんにしても、尚之助役の長谷川博己さんにしても、細身だから白の羽織が様になるのだろうとは思います。実際、がっちりした体格の人は、むしろ濃い色の方が様になる感じです。その意味では、高杉の痩身を印象付けるために、敢えてああいう色の羽織を着せたのかとも考えられますが。 

ところで、先日もちょっと引用した『胡蝶の夢』ですが、この中に、長崎海軍伝習所の伝習生たちが、黒ラシャの羽織を着ているというくだりがあります。

 もっとも、伝習生のあいだでは、 舶来の黒ラシャの生地で羽織をつくることがはやっていた。
 ラシャは戦国期から日本が輸入しつづけていた生地で、かつては陣羽織に用いられた。この時代、長崎でそれを買えば、江戸・大坂よりも安くもあり、(松本)良順も勝麟太郎も、このラシャ羽織をはおっていた。このめだたぬ「洋化」は、「いわば陣羽織の心意気だ」という口実があったから、あまり攘夷感情を刺激せずに済んだ。 


実はこの当時は、まだ攘夷感情が根強く、伝習所であっても洋式の軍服を着せることは、世論の反発を招きかねないところがありました。世間に洋式の軍服が認められるようになるには、それから10年近くを要しました。

コーヒー
 
[ 2015/09/21 00:49 ] 大河ドラマ 八重の桜 | TB(-) | CM(0)
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aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。その前にスーパーラグビーの結果はどうなるでしょうか。

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