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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  西郷どんその他

視聴率とでんでん現象とツイッター

『いだてん』の関東でのリアルタイム視聴率が、5パーセント台になったという記事を目にしました。やはりかなり低いのだなと思います。主人公の知名度や舞台となった時代の影響、描き方など原因は様々でしょう。一方タイムシフト視聴率はどうなのかと思い、ビデオリサーチのサイトを調べてみたら、7月7日の放送でリアルタイム7.9、タイムシフト3.8で総合視聴率が11.8で第6位とありました。しかし最近では、ビデオリサーチのサイトでタイムシフト、総合の両視聴率がわかるのはこの回のみです。そして前に書いてはいますが、『いだてん』は主人公がそれぞれ熊本、静岡出身ではあるものの、彼らの活躍の場は東京で、東京オリンピックの招致も無論登場しています。その意味で関東は地元なのですが、それでもこれだけ低いわけです。

『真田丸』や『西郷どん』は地元で30パーセント台、『軍師官兵衛』は20パーセント超といった具合に、主人公の地元、あるいは地元の一部では比較的視聴率は高く出るわけなのですが、今年の場合は他地域よりは高いとしても、一桁が半年近く続いている状態です。11パーセントといえば、関東では低く出る傾向がある、幕末物のリアルタイム視聴率レベルでしょう。作品に殆ど登場しない関西のリアルタイム視聴率は、もっと低く出ています。東京で受ける物が、必ずしも他の地域で受けるとは限りませんが、特に関西はそれがはっきり出る傾向があります。無論リアルタイム以外に、タイムシフト視聴率と総合視聴率も発表するとか、各地域でどれだけの数字なのかを発表するという方法もあるでしょうが、それでも例年よりは低めであるかと思われます。

ツイッターではファンの声が飛び交っているともいわれていますが、それは一部のコミュニティの中での現象ではないのでしょうか。これも以前、近現代大河と新大型時代劇で「でんでん現象」を引き合いに出して書いています。本当に観ている人たちが面白いとツイートを流しているのは、それはそれでいいのですが、かなり限定的というか固定層なのではないかと思われます。またツイッターそのものも、一種エコーチェンバー的なものがあります。これについても昨年書いていますが、同じような意見しか返って来ず、またその意見に基づいた特定の考えのみが増幅する、ある種集団極性化しやすい空間のことをいいます。さらにツイッターは口頭でなく文章であることも、議論が過激化しやすい一因と考えられますし、一種の承認欲求であると指摘する人もいます。ツイッターに関しては、また機会があったら書きたいと思います。

飲み物-アイスコーヒーブラック
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[ 2019/08/16 00:45 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『麒麟がくる』新キャスト発表

『麒麟がくる』の新しいキャストが発表されました。

2020年大河ドラマ》新たな出演者発表

尾野真千子さんが演じる架空の人物、伊呂波太夫ですが、やはり池端俊策氏が脚本を担当した『太平記』の、花夜叉とイメージがダブりますね。この花夜叉も旅芸人一座の座長で、楠木正成の妹という設定、かつ大物と面識があるという役どころでした。しかもこの伊呂波太夫、門脇麦さん演じる駒を預かっていたといういきさつから考えると
花夜叉ー伊呂波太夫
藤夜叉ー駒
こういった関係になるかと思います。ちなみに藤夜叉は足利高氏と愛し合うようになり、後に彼の子供(足利直冬)を産むことになりますが、駒は光秀にどう絡むことになるのでしょう。

そして向井理さん。ご本人のコメントにもありますが、やはり未だに『そろばん侍 風の市兵衛』の印象が強いです。足利義輝は、三好三人衆が放った刺客を相手に斬り死にする悲運の将軍です。彼を殺す三好三人衆や三好長慶などは、誰が演じるのかとそちらにも期待です。

風間俊介さん、この人は今なお『西郷どん』の橋本左内のイメージですが、確かに若かりし頃の家康のイメージでもあります。恐らくこの中では、桶狭間後三河に戻って来た後清洲同盟を結び、嫡男信康を信長の娘と目合わせて同盟関係となるものの、その信康と正室築山殿を手に掛ける辺りがメインになりそうです。できれば神君伊賀越えまで描いてほしいです。そういえば『葵 徳川三代』では、関ヶ原の直前に、家康が信康のことを口にするシーンが出て来ますね。

最後に伊吹吾郎さん、最早ベテランというか重鎮と呼ぶに相応しい俳優さんです。ただこの人は、『天地人』と『軍師官兵衛』で続けて北条氏政を演じているため、どうもそちらのイメージの方が強くなっています。太原雪斎といえば、『風林火山』で伊武雅刀さんが演じた雪斎を思い出します。この時の今川トリオはなかなか凄みがありました。しかし義元と雪斎が出るからには、当然寿桂尼も出て来ると思われますが、誰が演じるのでしょう。ちなみに伊吹さん、『国盗り物語』では細川藤孝を演じています。

ところで来年は戦国ドラマということもあり、『ポツンと一軒家』からファンが戻ってくることも考えられますが、それでも仮に大河ファンの期待に沿えなかった場合、大河そのものの在り方を問われることにもなりかねません。特に信長を違う視点で描くという、今までにない手法でのドラマとなるだけに、その点は注意してほしいと思います。

尚私は、大河や朝ドラはスクランブル放送でもいいかと思っています。面白ければ契約数は増えるわけですから。どこまで面白いコンテンツを作れるかが、問われることにはなりますが。

飲み物-アイスコーヒー
[ 2019/08/08 23:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『いだてん』へのNHKの態度と本郷氏の「日本史ナナメ読み」に関して

 まずこの『いだてん』絡みの記事に関してです。

 NHK会長 最低視聴率大河「芳しくないがいい作品」
(産経ニュース)

「芳しくない」とは視聴率のことですが、これ以外にもNHKの上田会長は、「芸術性の高い番組」とか「視聴者に親しみのわく展開も期待できる」と発言しています。しかし具体的にどのようなシーンを指しているのかが、どうもよくわかりません。親しみのわく云々も、時代がしょっちゅう切り替わってよくわからない、マラソンと落語がどう関係があるのかよくわからないと言う人も多いようです。色々な人々を一度に出す方向性が、どうもあだになっているように思えます。

何よりも上田氏は記事中にあるように、この時点で一桁視聴率の打開策について何も言及していません。これはNHKのトップとしては、如何なものかと思います。さらにドラマ制作部の担当者(他メディアによれば、ドラマ番組部の藤沢氏のようです)のコメントにはこうあります。

「特効薬的なものがあれば逆にお聞きしたい」

これはNHKが企画し、なおかつ制作したものである以上、自分たちで考えて答えを出すのが筋でしょう。視聴率でうるさく言われるから、逆切れしたといわれても仕方ありません。もう少し回答のしようがあったのではないかと思います。

それから今度は同じ産経の記事で、本郷和人氏の日本史ナナメ読みという週一の連載記事です。この中で本郷氏はエマニュエル・トッド氏の説を踏まえて、日本は本来は一夫一婦であったと書いており、戦国時代にも側室を持たなかった人はいるとしています。

【本郷和人の日本史ナナメ読み】「一夫一婦」は大河主役の条件!?

無論そういう人もいます。一方で側室を持つのは子孫を残すためでもあり、そのため徳川家康などは多くの側室を抱えていました。前出の家康然り秀吉然り、織田信長然り、さらに武田信玄や伊達政宗、真田信繁などなど、側室がいたとされる主人公もまた沢山います。しかしここで疑問なのは、戦国時代の大河でも、側室を持たない主人公の作品は沢山ある、だから次は石田三成だと言いたげな姿勢です。

来年の明智光秀がそうだからと言うことなのでしょうが、日本人は一夫一婦であったという論調から、側室のいない主人公の大河を持ち出したうえで、次の主人公は三成が本命だと言うのはちょっと無理がないでしょうか。しかも候補となっているのが、島津義弘とこの三成だけです。さらに鹿児島は「せごどん」(『西郷どん』ですね)など明治維新で度々出て来るから、島津義弘は主人公としては分が悪いなどと書いています。これもおかしい。

『西郷どん』で登場した「妙円寺詣り」は島津義弘絡みですが、彼は戦国時代の人物ですし、今までの大河では『徳川家康』と『葵 徳川三代』に登場した程度です。明治維新とはわけて考えるべきでしょう。むしろ石田三成は、織豊政権が舞台の大河の常連キャラであり、島津義弘は言うまでもなく、明智光秀よりも多く登場しているようです。光秀同様脇役ですが、登場回数が多いだけに、下手をするとマンネリになりかねないと思います。しかも側室のいない戦国大名には、主役になれるかどうかは別として、蒲生氏郷や本多正信、加藤嘉明などもいました。

側室のいるいないはともかく、私としては、石田三成よりもむしろ島津義弘と立花宗茂中心の九州戦国大河、あるいは最上義光がメインとなる東北戦国大河の方を観たいと思っています。石田三成を主人公にするのであれば、その後でもいいのではないでしょうか。

飲み物-ワインとワイングラス 
[ 2019/05/13 01:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編5-御前相撲出場と糸の思い

糸の下駄が吉之助の頭に命中して流れて行ったため、吉之助は糸に自分の草履を与えるものの大きすぎ、結局は糸を背負って、捕らえた鰻を渡すために大久保家まで行きます。さらに吉之助は糸のために草履を作り、迷惑をかけたと思う糸は、返礼として小物入れを作って吉之助に渡します。糸は海老原家との縁談をまだ決めかねており、それを見ていた大久保正助は、糸を密かに思っていたものの、当の糸は吉之助を思っていることを知ります。

その頃仙厳園では御前相撲が行われていました。下加治屋町郷中の総代、つまり代表は吉之助でなく村田新八に決まり、新八も本番に向けて意気込んでいたものの、当日になって腹具合が悪くなり、土俵を汚してはならぬと吉之助が代役を買って出ます。本来届け出のない者が出場することはできませんが、それが吉之助と聞いた島津斉彬はこれを認めます。そんな吉之助を応援し、菓子を賭けたのは斉彬の養女於一(篤姫)でした。吉之助は勝ち上がり、決勝戦で糸の縁談相手である、海老原重勝と対戦することになります。

西郷どん5吉之助代役 
新八の代役として土俵に上がる吉之助(鈴木亮平、左)

吉之助は重勝が足首を負傷していることを知りますが、わざと負けることも、相手の弱い点を突くこともせず、四つに組んで勝ちます。それを見た斉彬は自分も名乗りをあげ、吉之助と組むことになりますが、吉之助はひるまずに斉彬を投げ飛ばし、そのため西田町下会所の牢に入れられてしまいます。しかしそこには奇妙な姿の先客がいました。下男がその男を殺そうとしたため、吉之助はその下男を失神させ、妙な先客を背負って逃げ出します。実はこれは、すべて斉彬の仕組んだことでした。

この男ジョン万次郎は、かつて漁船が漂流してアメリカの捕鯨船に助けられ、その後しばらくアメリカで暮らすものの、故郷の土佐の母に会いたくて密かに戻って来ていました。アメリカでは愛のことをラブと言い、結婚も好きな物同士のラブによるものだと聞いて吉之助や正助たちは驚きます。このこともあって正助は吉之助に、糸に会って縁談を断らせるべきと言いますが、吉之助はその意を汲むことができません。どうも吉之助はこの辺に疎い人物で、それが後々まで続きます。

しかもこの時吉之助には、伊集院家の娘須賀との縁談が来ていました。結局糸は重勝と結婚することになり、この時点で一見丸く収まったかに見えますが、後に子供ができないことを理由に離縁されてしまいます。それはともかく、2人の男女はそれぞれ違う相手と結ばれることになり、「ラブ」とも無縁で、正助の骨折りも水泡に帰した感はありました。しかし最後に糸は、子供の頃から吉之助さぁをすいちょりもしたとそっと打ち明け、去って行きます。

西郷どん6吉之助と糸 
吉之助に思いを打ち明ける糸(黒木華、左)

無論この一連のことはフィクションと思われますし、その当時薩摩の男女がここまで思いを打ち明けるなどというのも、恐らくはなかっただろうとは思います。しかし描かれ方としては面白いものがあります。またこの第5話と第6話は艶事だけが描かれているわけではなく、その裏で進行している事案ももちろんありました。次回はそれについて書く予定です。またこれに関して、以前ご紹介した鈴木祐司氏の記事がありますのでご紹介しておきます。

大河ドラマ『西郷どん』は“出会いと別れ”の物語~林真理子&中園ミホの魔法で今後は静かにブレーク!?~
ここに登場する満足度は、面白かったか否かの5段階評価で、今のところ関東地方でのみ実施されているようです。最近満足度とか視聴熱、視聴質などなど様々な指標があってちょっと戸惑います。専門家の分析には不可欠なのかもしれませんが。

それから記事中の「テレビウォッチャー」のリンクですが、現在売り出し中のドメインに飛ばされますので、興味のある方は下記リンクからアクセスしてください。

[ 2019/04/22 23:00 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

『平清盛』DVD第十巻を観て

久々に『平清盛』です。我が世の春を謳歌するようになった平家ですが、その一方で慢心ぶりが目につくようになります。清盛は自分こそを日本の頂にと考えるようになり、秘密警察ともいうべき禿を放ち、これが基で兎丸と袂を分かちます。

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嘉応元(1169)年。清盛は福原に居を構えることになり、重盛が平家の棟梁となった。しかし重盛は時子の子ではなく、そのため清盛と時子の間に生まれた宗盛の存在を気にしていた。その宗盛は、叔母であり、皇太后でもある建春門院滋子から重用されていた。
そして後白河上皇も出家するが、ここでひとつの事件が持ち上がる。後白河は出家に延暦寺を選ばなかったため、天台座主の明雲はこれを快く思わなかった。そして延暦寺は、尾張国での紛争に端を発して強訴を起こし(嘉応の強訴)、藤原成親の配流を求める。
清盛は、重盛に延暦寺といい関係を保つように言われるものの、成親は義兄であり、自分の心中をも打ち明けた人物でもあるため悩む。さらに時忠に不備があって感触を解かれ、成親は無罪となった。これを巡り、武装した武士たちが重盛の許へ押し寄せるが、そこへ後白河法皇と清盛とが姿を現す。一方伊豆では、狩りをしていた北条政子が、父と頼朝が共にいるのを目撃していた。

頼朝は時政の身内ということで北条家を訪れる。そこでは平家の政に対する不満が高まっていた。その清盛は、宋との取引を重視しており、さらに朝廷の威を見せつけるべく、奥州藤原氏の棟梁(御館)秀衡を鎮守府の将軍に任じた。そして清盛は奥州から得た鳥の羽を宋からの物として、朝廷へ献上する。これには官職を解かれた時忠が一役買った。さらに清盛は宋の使者を福原に呼んで、後白河法皇と滋子に面会させる。
一方で平家の慢心を象徴するような事件が起こる。重盛の二男、資盛が鷹狩から帰る途中、輿が摂政基房の乗り物とすれ違っても道を譲らず、基房の随員たちから暴行を受ける。一門からは訴え出るべきと不満の声が上がるが、重盛は資盛に非があると言う。しかしその後基房の輿が襲われ、そこには時忠が法皇に進呈して、自らも身につけていた羽が残されていた。
この頃から、赤の衣装に赤い羽をつけた禿が、平家をよく思わない者たちを制するため都を跋扈するようになる。そして頼朝は清盛のこと、さらに父義朝への批判を耳にし、源氏は滅びぬと口にする。

政子は父時政が連れて来た、佐殿と呼ばれる頼朝のことが気になっており、父にどのような人物であるのかを聞く。時政は源氏の御曹司であることを明かす。そして清盛は大輪田泊の完成を急がせており、兎丸は宋船を入港させるための妙案を思いつく。その頃時子が病という知らせに、清盛は京へ戻るものの。時子は意外に元気そうだった。
時子は重盛が体調不良で権大納言を辞しており、京へ戻ってくれと頼むが、清盛は取り合わず、後白河法皇に羊と麝香を献上し、娘徳子を入内させることにする。以仁王の母である八条院暉子はこれを快く思わず、都で流行る疫病は羊のせいと噂を流す。
その一方で禿による取り締まりは激しさを増して行き、兎丸はこれはやり過ぎであると言うものの、清盛はやめようとせず、その傍ら徳子の入内を急がせる。同じ頃、鞍馬寺にいた義朝と常盤の子、遮那王(牛若)は、法会の笛を担当する者の代役を命じられ、寺を出て京へ向かっていたところを荒法師に出会う。

その荒法師は弁慶といった。源氏挙兵の目的で道行く人から太刀を奪っており、お前で千本目だと襲い掛かるが、遮那王は巧みに身をかわす。遮那王は自分は常盤の子で、清盛は父同然だと思っていると言い、弁慶を驚かせる。福原では万灯会が行われていたが、兎丸は清盛のやり方を疑問に感じるようになっていた。
やがて徳子は入内し、清盛は宋の明州から文を受け取る。この明州には、皇帝の兄である趙伯圭が関係しており、清盛はこの人物を迎えるためさらに泊の工事を急がせる。しかしこのために事故が起き、兎丸は「お前の国造りは盗賊がもの盗むんと同じや」と言って福原を出て行き、京へ戻る。
かつての仲間たちと共に海賊に戻って、宋の船を襲う計画まで立てる兎丸だが、そこに現れたのは禿たちであり、彼らは兎丸を殺してしまう。兎丸の遺体のそばには、衣装の赤い羽が散乱していた。清盛は時忠に禿を処分するよう命じ、兎丸の仲間たちが清盛を暗殺しようとやって来るも、ひたすらいくつもの石に経文を書き、その石を載せた船を泊に沈める。盛国はすべて殿の慢心によるものと直言し、お心の中にだけある国へ進む覚悟がおありなら、自分もついて行くとほぞを固める。

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サブタイトル
第36回「巨人の影」
第37回「殿下乗合事件」
第38回「平家にあらずんば人にあらず」
第39回「兎丸無念」
まず、あらすじでは触れていませんが、後白河法皇が滋子や側近たちに「大きな物を食べてみよ」と言い、何を食べたのかを問いかけるシーンがあります。大抵の場合それほどのものかと一蹴されてしまうのですが、清盛だけは法皇の自分に対する「如何なる野心を持っておるのか」の言葉尻をとらえて、その野心こそが自分が食べたものであると言います。そして法皇がそれを召し上がるのなら、腹を蹴破って出て来ると言う辺り、かなり挑戦的ではあります。そもそも徳子の入内もごり押し的ではありますし、また八条院暉子と以仁王が登場しますが、この以仁王は皇位継承の有力候補でありながら、高倉天皇の母建春門院滋子の妨害に遭ったともされています。平家に反対の意見を唱える人々が、段々と多く登場するようになって行きます。

清盛の野心の表れのひとつが「禿」です。正直な話この大河の禿は少々不気味で、何か舞台の演出を彷彿させるところがあります。羽をつけさせたのは、奥州からの羽とつながりがあると思われますが、実際奥州産の鷹の羽は朝廷への献上品として有名でした。これは『炎立つ』にも登場しています。その『炎立つ』の主人公である奥州藤原氏も密貿易を行っており、清盛はこれに目をつけていたようです。

そして、これは当然といえばそうではありますが、後白河法皇の物言いに「ヒー様」を連想しがちになります。高位の人物らしく感情を押し殺した感じの言い方で、それが人を圧するように聞こえるせいでしょう。

[ 2019/04/20 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『なつぞら』コラムの感想

それから『なつぞら』に関しての武者さんのコラムですが、これがまたドラマの紹介というよりは、『まんぷく』への非難と『ゴールデンカムイ』やジェンダー論だらけです。ちなみに『まんぷく』は名前は出て来ません。本文中で****と伏字になっていたり、「名前を言ってはいけないあの駄作」などと書かれていたりする作品が、多分そうであると思われます。(この辺り、ラグビーウォッチャー中尾氏の「コウベ真理教」「レイオファーズ」「ブッシュ・ドクター」を思わせるものがあります)というわけで、『まんぷく』ファンの信徒呼ばわりに余念のない武者さんですが、どう見ても武者さんの方が、前々作の朝ドラの信徒のように見えてしまうのですが。

ざっと読んだだけであること、あまりこの朝ドラを観ていないことなどでかなり大ざっぱではありますが、以下のような点は疑問です。

第4回

米兵と恋に落ちた女性も多い物でした
これに続く形で、パール・バックの『隠れた花』が出て来ます。それはいいのですが、これまた何度も書いている『山河燃ゆ』にもそれと似たようなシーンが登場します。朝ドラに大河を出して来たがるのなら、なぜこれを観ておかないのかと正直思います。ちなみにこの中で、大原麗子さん演じる三島典子は米兵の所謂「オンリー」になり、沢田研二さん演じるチャーリー田宮は、GHQの一員として来日した際に、華族令嬢と出会うことになります。

真田丸に寄せ過ぎ
草刈正雄さんや高畑淳子さんなど、『真田丸』のキャストが多く出演しているせいもあるのでしょうが、話を『真田丸』に寄せすぎと思われる個所があります。これは朝ドラであり、『真田丸』とはまた違います。無論ツイッターとか、個人のブログであればまだいいかと思います。一昨年の『風林火山』の再放送時、真田幸隆の妻の忍芽を、『真田丸』のとりと関連づけることに不満げな人もいたようです。無論他にもそういう例はありますし、また草刈さん自身が『真田丸』で昌幸を演じるに当たって、『真田太平記』で演じた幸村をやけに引き合いに出されてもいました。

シベリア抑留関連
これに関しては「ここで苦しむことになる」と書かれていますが、とてもそう生易しいものではなかったようです。この収容所送りで、共産主義に感化された人もいるといわれています。それにしてもシベリア抑留といえば、かの『不毛地帯』を思い出します。映画化と民放でドラマ化されていますし、10年前の2009年にもフジテレビ系でドラマ化されています。NHKではありませんが、こういうのを例に出してもよかったのではないでしょうか。

無理に笑うことはジェンダー云々か
主人公のなつが、アイスクリームを泰樹からもらった時に、無理に笑うことはないと言われるシーンです。これが戦災孤児でよその家に預けられ、委縮して生きて来たからというのはまあ理解できます。しかし「ジェンダーによる束縛」云々は、さて如何なものでしょうか。その後の部分で、例によってジェンダー論関連のリンク記事が貼られていますが、こちらの方が無理やりといった感じがします。武者さんらしくはありますが。

第5回

『いだてん』は時代考証を踏まえている
そして『まんぷく』(この記事風に表現すれば****)は全く無意味に裸を出すなどと書かれていますが、さてどうでしょうか。実際に『いだてん』を観た人によれば、やけに裸になって湖に入るなどというシーンが出てくるというシーンがあったようですが、それも時代考証なのでしょうか。何よりも『まんぷく』の製塩の場合、あれは裸でないとできないでしょう。(『西郷どん』の相撲も同じ)しかもこの後、『まんぷく』を貶める文章がやけに続きます。またこの部分の前のリンク記事絡みで、ネット上の攻撃的な書き込みをする炎上参加者云々という箇所が抜き出されていますが、この攻撃的というのも武者さんに当てはまるように思えるのです。

乳製品推奨と乳製品嫌い
なつが牛乳を飲むシーンで
「毎朝、牛乳を飲みたくなる!何という乳製品推進ドラマ!」
ということですが、『まんぷく』で同じようなシーンが出て来たら、批判したのだろうなと思います。そもそもこう書くのであれば、『まんぷく』で、萬平が体に悪い物を避けてラーメン作りに取り組んでいるのだから、萬平の努力を少しは褒めてもいいかと思うのですが、実際にはその正反対でした。しかし牧場の娘夕見子は牛乳嫌いと来ています。そこで乳製品アレルギーを持ち出しているのですが、この当時にそういうアレルギーの概念はあったのでしょうか。牧場の娘が我儘言うなと叱られるのが落ちでしょう。

なつはマイペース
とありますが、実際には周囲の空気を読みつつ暮らしている、そういう印象を受けます。兄への手紙の件といい、そしてこれは第6話にも絡んで来ますが、何か手伝うことはないかと聞いて、世話になっている柴田家の末っ子、明美の世話をしようとしていたりするわけです。むしろこれが夕見子に取っては面白くないのでしょう。

第6回

乳牛はみんなお母さん
乳牛が子牛を産み、初乳を搾るシーンが出て来ます。ここでなつが牛は大変であると言い、さらにみんなお母さんなんだと言うシーンが登場します。それはいいのですが、動物にずっと妊娠と出産を繰り返させていいのかとあり、動物福祉問題に迫ると書かれています。これがよくわかりません。そもそも動物福祉の基本とは
飢えと渇きからの自由
不快からの自由
痛み・傷害・病気からの自由
恐怖や抑圧からの自由
正常な行動を表現する自由
であり、乳牛を飼って乳を搾るのは、別にこの5つに抵触していないと思います。しかも第5回の「レビュー」で、乳製品推進などと書いているのは武者さん自身です。

あと『ゴールデンカムイ』の配役で、土方歳三を草刈さんにやってほしいなどとありますが、生憎現在『燃えよ剣』が製作中で、土方役は岡田准一さんです。そして近藤勇は鈴木亮平さんですが、官兵衛も西郷どんも嫌いな武者さんは、この点についても何も言わないのですね。なお、土方の愛人のお雪が柴咲コウさんです。それからなつの兄、咲太郎の子供時代を演じるのは、やはり『西郷どん』の吉之助の子供時代、小吉を演じた渡邉蒼さんです。

しかしこの朝ドラコラムなのですが、どう見ても『なつぞら』について書くというよりは、『まんぷく』(武者さんによれば****)を貶めたい、ひいてはNHK大阪を貶めたいという印象をかなり受けます。こういうことに朝ドラ、あるいは大河のコラムを使ってほしくないものです。その他ジェンダー論もさることながら、戦時中の情勢に関しても何か突っ込みが浅いのですが、これでは素人呼ばわりされても仕方ないでしょう。
(2019年4月8日一部修正)

飲み物-パブのビール3杯 
[ 2019/04/07 01:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

西郷どん復習編4-斉彬の藩主就任と国入り

赤山靱負の切腹、そして大久保次右衛門の遠島と、吉之助の身の回りが慌ただしくなります。吉之助は斉彬に書状を送ると共に、赤山の血染めの着衣をも江戸に届け、それは斉彬の心を大きく動かすことになりました。そして嘉永4(1851)年、斉彬の父斉興は、将軍家慶に目通りするも、その場で朱衣肩衝(あけのころもかたつき)の茶器を渡されます。この茶器は戦国期の茶人、武野紹鷗が所有していたといわれていますが、これは即ち、隠居を勧告されたに等しいものでした。つまり、これからはのんびりと茶でも嗜んではどうかという意味が込められていたのです。斉興は当然これに立腹しますが、その斉興を斉彬が訪ねます。

斉彬は最早、父に薩摩を任せてはおけないと考えていました。そして父に短銃を見せます。あのロシアン・ルーレットのシーンです。斉彬はまず自分に向けて引き金を引き、無事を確認したうえで父に短銃を渡します。斉興は引き金を引くのを躊躇し、銃を取り落としてしまいます。当初は、実はこれには弾丸が込められていないのだろうと思ったものですが、後で斉彬が引き金を引いた際に、実際に弾丸が飛び出したことから、決死の覚悟であったことが窺えます。ともあれ、これで斉興は藩主の座を下り、斉彬が新藩主となりました。

この知らせが薩摩に届き、吉之助は内職に励んでいる大久保家へ向かってこのことを報告した後、まだ謹慎中であった大久保正助に笠をかぶせて、外へ連れ出します。言うまでもなく赤山靱負の墓前に、このことを報告するためでした。しかしその場には、既に糸が来ていたのです。後にこの糸と吉之助、正助の間でちょっと妙な具合になるのですが、それはまたその時に。ともあれ、晴れて新藩主となった斉彬は国入りを果たします。新しい殿様について走り出す子供たちを、追い払おうとする供の侍に対して、斉彬はこのように言います。
「手荒にするな、子供は国の宝だ」
そして自ら、子供たちに対して顔を見せる型破りな藩主でした。

その後正助の謹慎はまだ解かれず、吉之助は正助のために本を借り、糸は紙を差し入れします。一方で斉彬は、斉興時代の家臣をまだ重用しており、お由羅に味方した者たちに何の処罰もないということで、有村俊斎が怒りを露わにします。無論これは斉彬にも考えがあってのことでした。先代の家臣を引き続き登用したのは、論語に拠るところが大きいようです。そして斉彬の藩主就任により、御前相撲が開かれるのを知った吉之助は、これに勝って次右衛門をはじめ、斉彬のために尽力した者の赦免を求めようとします。この辺りが吉之助らしくはありますが、無論勝者には米10俵が与えられるのも大きな魅力でした。

そういう吉之助に糸は好感を抱いていました。しかし糸は父から海老原重勝との縁談を持ち出され、悩んでいました。しかし父直温にしてみれば、娘が郷中の男たちと親しくしているのは、あまりいいものではありませんでした。糸は結局、甲突川に掛かる橋の上で下駄を蹴り上げ、表が出たら嫁に行く、裏が出たら縁談を断ることにしようと思ったものの、勢いがよすぎたため、甲突川の中にいた人物の頭を直撃します。その人物は吉之助でした。

西郷どん4斉彬薩摩入り 
国入りを果たす島津斉彬(渡辺謙)

[ 2019/04/06 23:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

『いだてん』コラムに於けるオールドファン関連記述への疑問

先日の大河コラムの批判とそれへの突っ込みに関して。どう考えても批判そのものを武者さんが作っている、いわば自作自演的な印象があります。無論似たような批判はあったかもしれませんが、どこか本人に取って都合のいい、きわめて突っ込みやすい「批判」であるように感じられますので。

さらにオールドファンの手垢のついた論調として、こんなことまで書いています。

・女子供を喜ばせるイケメンが主演では、俺たち真の大河主張者である男性様は喜ばないぞ!
・イケメンでないところを証明できたからこそ、主演をやらせてやる
・女は良妻賢母以外認めないぞ!

本当にオールドファンというか、従来の大河ファンのすべてがこう思っていると(無論思っている人もいるでしょうが)考えているのなら、ちょっと驚きます。特に「イケメンでないのを証明できたから主役をやらせる」というのは一体何なのでしょう。
ちなみにこれは『西郷どん』を想定して言っているわけで、どう考えても西郷は美男子ではないこともあり、また体の大きな鈴木亮平さんにお鉢が回って来たと思われます。最初堤真一さんが決まっていて降板しましたが、私としてはモデル出身の堤さんと西郷はいささか違う印象を受けました。
もし仮に、武者さんが嫌っている他の大河をこの条件に当てはめてみた場合、辻褄が合わないことだらけです。たとえば『軍師官兵衛』ですが、これはどう見ても主人公はイケメンと言っていいでしょう。さらに『花燃ゆ』ですが、文(美和)が久坂玄瑞の妻であった時には良妻には見えませんでした。(楫取素彦と結婚してからそれらしく見えるようにはなりました)その後久坂と辰路の子の秀次郎を引き取ろうとしながら、帰るように言う辺りも、養母とはいえ賢母とは言い難い部分もありました。
またやはり『花燃ゆ』ですが、主人公こそ女性であるものの、周囲の男性、つまり「幕末男子」はそこそこのイケメン揃いでした。寧ろこういうのを武者さんは肯定するのではないかと思ったのですが、長州大河なのがネックだったのでしょうか。

まあこれは仮にやってみただけですが、元々某ネットメディアで、生田斗真さんが「脱イケメンで大河主演見えた」とあるのが、武者さんとしては、オールドファンの主張臭く見えて気に入らないというのが発端のようです。しかもその日は来ない、なぜならオールドファンも若者も満足させられない大河は終わるからと結論付け、例によって動画を勧めているわけです。
しかし「脱イケメン俳優」というのは、その俳優が単に若いイケメンだけでなく、役者として成長し、色々な役をこなせるようになったという意味でもあり、この記事では例として映画『土竜の唄』を引き合いに出してもいるのですが、それについては何も触れていません。しかもこれを前出の「手垢のついた論調」呼ばわりしていますが、その捉え方にはどうも疑問があります。
それにしても大河が終わるなどと言い、来年の大河も期待できないなどと書く一方で、『まんぷく』コラムでは楽しみにしているような書き方をするのですね。この辺が私に取って、「『まんぷく』コラムに思うこと8」で書いたように、武者さんの文章がとっちらかって見える、一貫性を欠いて見える一因なのだろうと思います。

武者さんが動画を勧めるのは、「新しい感覚」だとみなしているというのも先日書いています。テレビというオールドメディアの残滓が感じられるからなのでしょうが、これをアピールしたために、自分がかつて賞賛していた大河を否定するような格好になり、どっちつかずになった感もあります。
いっそ今までの大河を全否定し、推奨している『MAGI』を勧めるのであれば、それはそれで理にかなっています。無論今までのNHKの在り方も、その場合付け加えるべきでしょう。ただある時は大河は終わりであるといい、ある時は大河をほめるというのは、どう見てもその場の乗り次第のように見えてしまいます。何よりも大河コラムの中に、他の要素をあれこれ詰め込み過ぎではないかと思います。

過去の残滓といえば、かつてラグビー日本代表を率いた平尾誠二氏を思い出します。平尾氏は今までのやり方では日本代表は勝てないと、それまでとは思い切って違った路線に持って行き、代表強化の方法もかなり手を入れました。これは画期的なものに見えました。しかし一部では功を奏したものの、必ずしもそうとはいえませんでした。特に1999年のワールドカップではかなり評価を下げました。
これにはマスコミの論調も絡んではいましたが、ともあれスポーツという、勝敗による評価が大きな世界では、やはり結果につながらないやり方には疑問を持たれました。あれは古いとかこれは手垢にまみれているからという理由のみで、それを斬り捨てるのは果たして正解なのか、平尾監督の時代はそれを大いに感じさせられもしたのです。大河がダメだから動画だ『MAGI』だと一概に言えるものなのでしょうか。

一応、これを以て『いだてん』第13回コラム関連の投稿は終わります。突っ込みどころがあまりにも多すぎるので…一部省略した部分もありますが。

飲み物-コーヒー
[ 2019/04/05 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『いだてん』コラムに思うこと-2

すみません、今回もラグビー関連投稿は1日遅れになります。先日の武者さん関連の続きです。

その後ラザロの最後を描かなかった『いだてん』には魂があるとか、司馬遼太郎氏の作品は高度成長期にはよかったが、今はそんな時代ではないといった記述があり、さらにこうあります。

しかし、そんな時代を見てこなった年齢層は、辛い歴史に翻弄される人物の方が、共感を持って受け止められるようになって来ました。
2011年『平清盛』
2013年『八重の桜』
2016年『真田丸』
2017年『おんな城主 直虎』
こうした作品は、評価が割れました。
言いがかりのような、ひどいバッシングもあったものです。(原文ママ)

まず疑問なのですが、大河の主人公になるほどの人物はどういう形であれ、多くが辛い歴史に翻弄されています。何もこの4名に限ったことではありません。この4作品が自分の好きな作品であるから、リストアップしているだけなのではないかと思われます。そしてその言いがかりのようなひどいバッシングということですが、

「日本はもっと綺麗であったはずだ! 武士が汚らしいとはけしからん!」(『平清盛』)
→源平時代に清潔感を求めてどうするのよ。
「負けた側の話なんて見たくない!」(『八重の桜』)
→じゃあ勝利した側はおもしろかったの? 『花燃ゆ』と『西郷どん』が面白かったって?
「俺の知っている歴史となんだか違うぞ!」
「負けた武家の女は自害しろ!(※それは幕末の話っしょ……)」(『真田丸』)
→あの考証担当者チームに挑むって、何の罰ゲームですか?
「女が城主! ウギギギギギギ!」(『おんな城主 直虎』)
→女が上に立つからってバグを起こしなさんな。

さて、こういうのは「ひどいバッシング」でしょうか。
普通に観ていても、こういう疑問を呈する人も中にはいるでしょう。しかもここに出て来る批判というのは、武者さんが、嫌いな作品に対して投げつけているのとそもそも変わらないのではないでしょうか。それへの突っ込みも何だか幼稚に見えます。『平清盛』はこのブログの関連記事(平清盛タグ)でも書いていますが、リアリティを出そうとして汚し過ぎた感は確かにあります。そして『八重の桜』に対しての『花燃ゆ』と『西郷どん』ですが、無論私は『西郷どん』は楽しんでおりました。『真田丸』に関しては、武者さんは考証の先生方によほど敬意を抱いているのだろうと申し上げておきます。そして『おんな城主 直虎』の「女が城主! ウギギギギギギ!」(笑)。私もこの大河の批判を何度か目にしましたが、生憎こういうのは見たことありませんね。そして、

まぁ、要するに、大河のオールド視聴者層の中には(あるいは大半?)って、歴史ものを見たいわけじゃないんだな。
・時代劇のコスチュームを着ている
・女は良妻賢母のみ、女城主は許さない
・ラストは一国一城の主になってスッキリしたい
要するに、高度経済成長期サラリーマンが没入できる、コスプレだったわけです。
そんなものはいらない。
日曜8時にまで、上司接待飲み会ノリなんてうんざりだ。

こんなこと書いてるけれど、過去の大河の出演者や制作に対して随分失礼ですね。しかも
「そういう視聴者が主流となれば、もう大河は終わりです。」
とありますが、そういう視聴者(武者さんが考えているよりもう少しまともだと思います)がかつての大河を支持していたわけであり、その人たちが視聴者の主流であった時代は、大河はずっと続いていたわけです。この辺も何だか矛盾していますね。しかしコスプレとか他にもキャバクラとか、ご本人は揶揄しているつもりなのでしょうが、もう少し言葉に気をつけた方がいいと思います。恐らく改めないだろうとは思いますが。

そんな上司接待に疲れ果てた世代は、むしろ『いだてん』の暗い世相に向かい、翻弄される姿がグッとくるはずです。

それよりも先日ここでご紹介した『山河燃ゆ』の方が、初めからより暗い世相に向かっていて、より重い展開になっていますが、そういうのを観たことがないのでしょうか。これに限らず武者さんのコラムには、ある時期より前の作品を観ていないと思われる記述が見られますが、いやしくも大河を語る以上、DVDが出ている作品には目を通しておくべきでしょう。そういうのは「高度経済成長期サラリーマン」が没入できるコスプレだから嫌なのでしょうか。しかし高度成長期というのは、70年代前半頃までの話ではないかと思われます。『山河燃ゆ』などは1984年の作品なのですが。

その後にも、恐らくは武者さんの妄想が多分に入っていると思われる大河視聴者への言及、さらに例によって例の如くの動画紹介が続きますが、もう突っ込みたくないので省略します。

しかし他にも日本がなぜアメリカに宣戦することになったのか、これも理解できていないように思えます。恐らく戦前とか、高度成長期の残滓のように見える現象が嫌いでたまらず、それへのアンチテーゼとしてポリコレやジェンダー論、さらにはテレビに対する動画を「新しい感覚」として持ち込んでいる感じがします。『まんぷく』への過剰とも思える批判も、それが根底にあるように思えます。さらに他のコラムでも書いていましたが、所謂MeTooとか、フランスの黄色いベスト運動に共感するなどと書いており、少なくともネット上では、そういう人物なのだということを印象付けたいようにも見えます。

私は武者さんが、実際はどういう人物なのか無論知りません。ただネットの片隅のアフィリエイトブログ(恐らく)で、好きな作品は持ち上げる一方で嫌いな作品はけなし、さらに上記のような発想から、大河ドラマにまでジェンダー論的な発想を持ち込む人であるのは事実です。しかし歴史に詳しいとか、ミスリードしない文章を書けているかといえばそうでもない。この武将ジャパン自体、あるいは文章に批判的なツイを目にしたことがあります。これは歴史サイトの部分を言っているのだろうと思いますが、ドラマ関連に至っては、とにかく自分の理想を判断基準としているわけで、その意味では歴史サイトよりもっと批判されるべき存在ではあるでしょう。

2日の投稿で、「嫌いは好きの裏返し」といったことを書いています。嫌いなものは叩きまくる武者さんですが、好きなものは反対に徹底的に持ち上げます。しかしあまり持ち上げるのも、かえって不自然な賞賛に見えてしまいます。

ところでこのコラムではありませんが、『まんぷく』関連で『半分、青い』について書いている部分で、岐阜県恵那市が来年の大河ゆかりの地でもあり、おすすめといった記述があります。しかし来年の大河は、期待しないといった意味のことを大河コラムで書いていた記憶がありますが、どうなっているのでしょうね。

飲み物-温かいカフェオレ
[ 2019/04/04 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『いだてん』コラムに思うこと-1

では、先日書いていた武者さんの『いだてん』記事についてです。ドラマは観ていないので、極力ドラマにつながる部分は外していますが、一部内容が関連している箇所もあります。

当時は、シャーロック・ホームズの時代でもあります。
まずこれがおかしい。1910年代でホームズが関わった事件は、第一次大戦開戦間近の『最後の挨拶』のみです。寧ろこの時期は、ホームズのライバルともされた怪盗アルセーヌ・ルパンが活躍した時代であり、エルキュール・ポアロが探偵を始める少し前になります。

庶民の食べるものは、ともかく屋台やら食堂が、いろいろ工夫して作られました。それをたどること。再現すること。とてつもなく難しいものです。終わったばかりの朝ドラ『まんぷく』は、この近代食文化の考証をぶち抜き、悲惨な結果となりました。
どのように再現されていたのかはともかく、結局は『まんぷく』を貶めたいのでしょう。しかし「悲惨な結果」になどなっていませんが、その理由は一体何なのでしょうか。また近代食文化の考証というのは、『まんぷく』コラムに頻繁に引用していたあれのことでしょうか。

ラザロ自身が息をひきとる姿すら、ない。これはなかなか、画期的なこと。すごいことだと思うのです。昨年の『西郷どん』が顕著でしたが、それまでの過程をすっ飛ばしておきながら、西郷の弟が死ぬ場面はこれ見よがしに入れてきたものです。
こちらは『西郷どん』をディスるためと思われます。ラザロ選手がどういう最期だったのかはわかりませんが、こういうのに利用されるとは考えてもいなかったでしょう。それに肉親が死ぬ場面を入れる大河など珍しくありません。「それまでの過程をすっ飛ばす」などは武者さんの個人的な見方であり、吉二郎が自ら志願したこと、負傷を知りつつも吉之助が前線を離れるわけには行かなかったことなど、まるで無視されていますね。あのシーンをちゃんと観ていたら、なぜ吉之助が長岡まで行ったのかがわかるはずです。

実は、私が大嫌いな言葉に「ナレ(なんとか)」があります。『真田丸』で使われていた頃は、まぁそんなものかと思っていました。それが一転したのは『半分、青い。』の「ナレ離婚」バッシングから。あの作品を叩く意見が全て悪いわけじゃない。理由があればよい。そうじゃないでしょ。この風潮が続いたら、ドラマは堕落します。
『真田丸』で普通に使われるのはいいけど、『半分、青い』でバッシングに使われるのはダメということでしょうか。どうもドラマの進行的に大事と思われる主人公の離婚シーンを、描かなかったことによるバッシングのようですが、これはまずなぜ描かれなかったのかを考察するべきでしょう。レビューに求められる客観性より、自分の好き嫌いを最優先する武者さんらしいですね。しかもいきなり「ドラマは堕落」というのもすごいものです。

「離婚は盛り上がるはずだよね! それを飛ばすなんて酷いよ」
そんなこと、作る側は知ったことではありません。何が重要であるか、その順位を決めるのは誰ですか?視聴者ではない。創作側です。
「何が重要であるか、その順位を決めるのは誰ですか?視聴者ではない。創作側です。」
おやおや、つい先日まで「本作スタッフがー」を『まんぷく』コラムで書きまくっていたのに、今度は創作する側に歩み寄りですか。ならば武者さんが『まんぷく』第142回で書いていた
「スタッフよ、あなた方は料理の基礎知識があまりにも欠けています」
に対しても、何が重要であるかを決めたのは創作側であり、視聴者たる武者氏の言うことなど「知ったことではない」はずなのですが。

本作における時系列シャッフルについてもそうです。先週の時点で、ペトレ家の場面がカットであるという叩きがありました。時系列がそのまま進まないフィクションなんて、よくあることです。
主人公が誰であるか。その人物にとって優先順位はどうなるのか。そこをきっちりと組み立てて、時系列やシーンのカットをすること。これは、創作の基本です。
ここで既に論理破綻していると思われます。
「主人公が誰であるか。その人物にとって優先順位はどうなるのか。そこをきっちりと組み立てて、時系列やシーンのカットをすること。」
であるのなら、前出『西郷どん』で、吉之助が瀕死の吉二郎に会いに行ったのもまた、主人公に取ってそれが最優先順位であると、制作サイドが考えたからにほかなりません。また時系列をカットしていいのであれば、『まんぷく』の萬平のアメリカ出張のシーンがカットされて、ナッツの容器だけを段ボールから見つけたとしても別におかしくはないし、まんぷくラーメン発売から11年が急に経過したとしても、もちろんおかしくはないでしょう。(いずれも批判されていましたが)

そして、創作の基本ができない作品はどうなるのかと前置きしたうえで、
・赤ちゃんや子役、動物に頼りきり、やたらと映しこむ
→『おんな城主 直虎』の場合は、よい例外です。井伊家と猫には縁がありますからね。『西郷どん』とは違うのです。
これも噴飯ものです。『直虎』だからよくて『西郷どん』だから悪いのですね、要は。そもそも井伊家が猫に縁があるといっても、それは井伊谷ではなく豪徳寺での話でしょう。それに『西郷どん』にそこまで動物が出て来たでしょうか。農作業の牛とかお由羅の犬、それからツンとゴジャなどは登場していましたが。

・セクシーシーンやエロスに頼った場面を入れてくる
→『西郷どん』は褌と初夜が大好きだったな……。
『まんぷく』で、幸がパジャマ姿で寝ているのをエロ認定した武者さんらしいですね。吉之助は3度結婚しているから、初夜が出てくるのは当然でしょう(須賀との結婚に関しては、あまりそういう雰囲気ではありませんでした)。そして褌、相撲を取ったり、川で鰻を探したりするのだから当然です。一方で、やたらに裸になるシーンが『いだてん』にはかなり出て来るようですが、その辺はどのように考えているのでしょうね。

・少女漫画の壁ドン、雑なBL描写を打ち込む
→『花燃ゆ』の壁ドンもどき、『西郷どん』の酔っ払いと主人公の水飲ませシーン……。
『花燃ゆ』の壁ドンもどき、いつの放送のことでしょうか。似たようなシーンがいくつかあるのですが。それと『西郷どん』の酔っ払い、名前をちゃんと書きましょう。川口雪篷ですね。しかしあれはあくまでも、人命救助のためでしょう。

・主人公にとって重要なイベントをすっ飛ばし、知名度が高いものを無理矢理ぶち込んでくる
→来年の明智光秀大河における「本能寺の変」クローズアップは適切です。ただし、『天地人』や『江 姫たちの戦国』は災厄でしかありませんでした。
えーと、「明智光秀大河」は『麒麟がくる』でいいのですね。しかしまだ放送されてもいない、どころか恐らくまだ収録されてもいないであろう大河のシーンで、なぜ適切か否かを言えるのでしょうか。それと『天地人』や『江』の「重要なイベント」とは、具体的に何なのでしょう。それとここの文章なのですが、災厄とは一体何ですか。これ「災い」の意味でしょう。
「ただし、『天地人』や『江 姫たちの戦国』における本能寺の変はあまり適切とは言えませんでした」
位書いておけばいいのに。まあ、他人ごとではありますが。

残りはまた後日投稿します。(2019年4月4日一部修正)

飲み物-ホットカフェオレ 
[ 2019/04/03 01:00 ] その他 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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