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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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おんな城主 直虎ー18 あるいは裏切りという名の鶴

予告を観た時は、随分ご大層なサブタイだなと思ったものです。色々な映画や小説を基にしているのでしょうが、場合によっては少々凝り過ぎとも思われます。これ、もう少しジャンルを絞り込んでつけた方が、元ネタもわかりやすいし、クイズもできて一石二鳥ではないかと思うのですが。さて、種子島を作りかけたものの、政次に発覚してしまい、駿府へ向かう直虎と直之。そこで方久があることを思いつくのですが…。

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ひそかに進めていた種子島の製造が、政次に発覚してしまい、目付として捨て置けぬと言う政次と共に、直虎と直之は、駿府へと赴くことになった。しかも試作品は完成しておらず、これでは金にならぬと方久。奥山六左衛門は、一旦南渓に種子島を預かってもらおうとするが、方久がそれを持ち去って行ってしまっていた。直虎は、せめて寿桂尼に会いたいと願うが、その寿桂尼は病に臥せており、しかも病状は悪化していた。

方久は直虎たちに先回りして駿府へ行き、試作品共々種子島を氏真に献上し、刀鍛冶の五平をつけると言って売り払ってしまった。直虎一行は駿府に到着するが、そこで彼女は政次から、寿桂尼の病を聞かされる。なぜ教えてくれぬと言う直虎に、私も種子島のことは知らなかったと返す政次。そこで彼らは方久と会い、種子島のことを聞かされる。そして政次は氏真に会い、下知破りの常連のことゆえ、あまりお信じにならぬようにと具申する。そこへ武田信玄の嫡男、義信が幽閉されたとの知らせが入る。

続けて寿桂尼危篤の知らせが入り、氏真は祖母に、義信のことを知らせると、寿桂尼はわずかに目を開ける。武田の異変は、今川との同盟が揺らぎかねないことを意味しており、信玄に直言できるのは、最早寿桂尼しかいなかった。井伊谷に戻った政次は、一人杯を手にぼんやりしていた。声をかけるなつに、政次は駿河土産の菓子を渡す。その頃井伊の館では、方久が今川に種子島を売りつけた話を自慢げに聞かせていた。和尚様も、同じことを言っておられたと六左衛門。

それを聞いて、直虎は南渓の許へ向かう。猫と戯れる南渓に、直虎は自分は功績がなく、人に助けられてばかりだと話す。和尚は、知恵など借りられるだけ借りよと言いつつ、孫子の『兵法』を渡す。なぜ勧めて下さらぬと言う直虎に、そなたの諦めの悪さ、型にはまらぬ良さがなくなってしまいそうだからだと語る南渓。しかし先人の教えに倣うのもよかろうと言い、直虎は読み始めるが、すぐに投げ出しそうになり、好きな部分だけ拾って読むようにと直之に教わる。

井伊の館をなつが訪問する。最近義兄の政次が疲れているようなので、何かあったのかと尋ねるなつ。政次は家では政の話はせず、なつと亥之助に気を遣うらしい。直虎と相いれないことはわかっているが、それだけがすべてではないと言い、菓子を置いて去って行く。たけは茶々を入れるものの、祐椿尼は、一人の男子として見ればよいところもある、それより本当に乗っ取るつもりなら、家族を持たないのはなぜかと示唆するような言葉を残し、その場を去る。また祐椿尼は、なつは政次の嫁になるような、分別のないことはしないだろうとも言った。

確かにかつての鶴丸は、優しいところもあったと思いつつ、直虎は兵法を開き、敵を欺くには見方を欺けの下りを目にする。目から鱗が落ちた思いの直虎は、その足で龍潭寺に向かい、寝ていた和尚を起こして、政次の本当の気持ちはこうではなかったのかと、のべつ幕なしに話す。南渓はそんな直虎に、そなたはどうするつもりかと問いかけ、仲良しごっこを続けていては、政次の策は水の泡だと直虎を諫める。その後直虎は、一つ間違いがあると竜宮小僧の井戸へ行く。そこには既に政次がいて、虚空を見据え、亀よ、直虎の夢枕に立って、早く後見を下りるように言ってくれとつぶやいていた。

直虎は政次に話を持ちかける。本当は種子島を揃えて井伊を守る予定だったが、それも今川へ売り渡されてしまった。そなたはどうやって井伊を守るのかと問いかけ、恐らく嫌らしい策を考えているのだろうとも口にする一方で、我をうまく使え、我もそなたをうまく使うとも言うが、政次は、戦わずして勝つ道を選ぶと言い、武田義信のことを話して去る。直虎はその後、情報収集について南渓に相談し、南渓は方々を熟知している、山伏の松下常慶にまかせることにした。

駿府では、病身の寿桂尼が武田信玄への文をしたためていた。また例の旅の男は、手下を連れて宝探しをしていた。そして井伊谷では、その年の秋、綿の収穫に百姓たちが追われていた。

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方久の、銭の犬カンカンカンをまたやっていますが、彼はギャグパート担当になってしまったのでしょうか。それから寿桂尼が信玄と聞いて目を開くのは、昨年の婆様の「ちと早すぎた」を連想します。それと、早川殿の名前が「春」ですが、真田信繁の奥さん(大谷刑部の娘)も同じでした。気に障ることがあると、障子に穴を開けるあの春ですね。同じ名前でも、随分とイメージが違うものです。

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[ 2017/05/09 00:00 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

おんな城主直虎あれこれ その13

今回のあれこれです。実は今回も、昨年の『真田丸』と対になる部分、似通った部分がいくつかありますので、別にまとめています。

しのとなつその2
直虎が領主なのは嫌だと言い、政次がなるのなら、やはりそれも嫌だと言う困ったちゃんキャラのしの。彼女はしばらくこの路線で、再婚(井伊の名を名乗るのが危険と判断されたため)してからいくらか変わるという設定でしょうか。こういう場合、小野家に嫁いでいるなつの方が、もっと大変なのですが、妹を労わるようなこともしないのですね。しかし亥之助も虎松も大きくなりました。この亥之助が後年、虎松=直政に仕えることになるのですが、彼の出番はどれくらいあるのでしょう。しかし新野屋敷は結構きれいです。この時期、藤の花が咲く季節なのですね。

徳政令
徳政令そのものは、永仁の徳政令が有名です。この時は幕府御家人の経済的安定、特に所領保持の安定を図ったものだったようですが、その後も幾度か徳政令が出され、また農家の間で、徳政令を求める一揆までが起こるようになります。戦国時代は北条家に於いて、代初めの徳政があり、これが他の大名や領主にも影響したようです。第13回に登場するのも、いわば代替わりの徳政です。ちょうど同じ時代ですが、六角承禎が三好氏との戦いに勝利した後も、やはり徳政を出しています。しかし借金を棒引きにすると、困るのは債権者であるため、直虎はああいう妥協案を持ち出したということなのでしょう。

政次の孤独
『真田丸』の昌幸、『おんな城主 直虎』の政次。主役と肩を並べる(昌幸の場合は主役を超えたともいえる)存在ですが、昌幸は当主で自分の考えでことを動かせたのに対し、政次は今川と井伊の間で、常に板挟みになる存在です。しかも井伊からは決してよく見られていない。才覚はある人物ですから、少々あくの強いことをやっても、両家のバランスを調整しようとしているのですが、それが直虎や南渓和尚に、どのくらい伝わっているのかと思います。またこのドラマ自体、直虎と政次の苦いラブストーリーとしての側面もあると思われます。それを思うと、政次の存在は直親のそれよりもはるかに重いわけです。高橋一生さん、いい役をもらったなと思います。

風林火山と戦国大河
さてその『風林火山』の再放送が、この第13回が放送された日にBSプレミアムで始まりました。この『風林火山』、やはり男性には人気があったようです。様々な手段を弄する男性の主人公が、合戦を通じて火花を散らし、時に犠牲を出しながらも突き進んで行くというのは、戦国大河の王道であるのは事実でしょう。しかし国衆レベルになると、もう少しこじんまりした設定にならざるをえないし、戦も自分の意志で行うのではなく、駆り出されて行う形になります。それと女性大河の場合、本人が戦場に出ない、あるいは天下人になろうとしているのではないため、その辺に大河としての違和感を覚える人もいるでしょう。しかしいつも三英傑や有力大名ばかりとは行かないのが難しいところです。

おんな城主直虎に見る真田丸
「逃散」で農民がいなくなるというのは、昨年第9回で梅が信繁に話していた、「戦が続くと田畑が荒れて人もいなくなる」と対をなしています。それから直虎が安請け合いをしてしまう点は、かの上杉のお屋形様を連想させます。彼女にも「セコム」が必要かもしれません。寺にいた時は、傑山がその役目を果たしていたのですが。
そもそも、この百姓たちが一斉に何かを懇願するというのが、昨年の第12回で、鉄火起請のために漁師が集まっていたシーンを連想させます。あの時も、実はお屋形様である景勝が、あれこれ話を聞いてやると約束したものの、それがかなわないため、神の裁きに訴えようとしたのが発端でした。
そして初評定の後、あー疲れたと脚を伸ばす直虎に、後陽成天皇の行幸が終わった後、「風呂にでもひゃーるか」と言った秀吉が重なりますし、方久を家臣にして、瀬戸と祝田を与えるという直虎に、六左衛門が「情のないお言葉」と言うのは、加藤清正が石田三成に「お前には情ってもんがねえのかよ!」と言うのを思わせます。そしてその方久、戦場でも商いを行い、銭は力であるというのには、かの千利休の「戦はもうかりまっせ」がだぶってしまいます。

追記
しかし何ともうるさそうな直之、ガタイがいいせいか汗かきの六左衛門、この先どのように化けるのでしょうか。それと、方久の屋敷に『平清盛』の大宰府を思い出します。

飲み物-ローズヒップティー
[ 2017/04/04 00:30 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

おんな城主直虎あれこれ その12

第12回のあれこれです。今回は構成上のこともあるのか、色々示唆する物が多く、これと、もう一つの投稿にまとめる予定です。

しのとなつ
現時点では、どうも本来の設定とは逆に、しのが妹でなつが姉に見えてしまいます。しのの場合、自分の夫を取られそうなのが気になって、常に次郎を敵視せざるをえなくなり、些細なことでも彼女とぶつかりそうになるわけです。今後彼女は再婚し、また自分の息子が次郎=直虎の後見となるわけですが、その時彼女は変われるのでしょうか。このしのは何か淀殿と被るところがありますし、また今川氏真にも多少似通っています。
同じように夫を失っていても、なつの方が小野家の人間という立場もあり、また本人の性格もあって、より客観的に物事を見ています。無論なつの夫の玄蕃は、年若いとはいえ戦死で、武士として華々しく死んだのに比べ、しのの夫の直親は切腹も許されなかったという、武士としては屈辱的な最期でもあったため、その違いもまたあるでしょう。しかしなつが直親と結婚していたら、だいぶ井伊家も変わったかもしれません。

今川家との付き合い方
直親一行が少人数で旅立ったのは、恐らく自らの潔白を示すため、氏真への忠誠心を示すためもあったのでしょう。しかし逆効果でした。警護を傑山あたりに頼んで厳重にするか、それとも変装した方がよかったのではと思えるほどです-白装束に十字架とまでは言いませんが。これは「同じことを繰り返す」井伊の、象徴的な行為だったようにも見えますし、しかも今川は傾きかけており、直満の頃より国衆への締め付けも厳しくなっていました。
この暗殺は、彼の十五代(実質的には十六代)後の当主、井伊直弼のそれと、規模や立場こそ違えどだぶるものもあります。そして両名とも、この最期がその後の起爆剤になって行くところも似ています。ちなみにこのドラマでは、直親は首を取らずそのまま放っておかれますが、これは今川方の見せしめと取れなくもありません。
そして新野左馬助の正攻法の命乞いも、やはり今川には通用しないもので、その引き換えにとんだ大任を押し付けられてしまいます。最後の酒宴を楽しむ古参三人の戦死で、「かつての」井伊は終わりを告げたようです。しかし、井伊家に忍びの者はいないようですが、今度出てくる盗賊団がその役目を果たすのでしょうか。

政次の行動の理由
この事件によって、小野家の存在感が増して来るようです。政次がなぜこの方法を選び、なぜ次郎にああ言ったかは別の投稿にゆずるとして、この人物は井伊家の、特に古参の面々の中では浮いた存在ではあったのは確かです。逆に今川家臣の新野左馬助の方が、直盛の正室の兄とはいえ、井伊家に馴染んでいるという逆転現象も起きています。
ぱっと見は、左馬助の方が善人、政次が悪人という印象を受けますし、また番組側としても、今はそういったPRをしているようにも見えます。しかし、実際のところはどうなのか。無論新野左馬助はそれなりの善人ではあるのでしょうが、政次のこの行動の裏をも読む必要がありそうです。史実では井伊家乗っ取りを企む悪人とされていますが、どうもこのドラマでは、単に井伊で冷遇されるから乗り換えるとか、そう単純な話ではないでしょう。しかし政次、ますます和泉守に似て来ました。

斜陽の今川家
そして今川氏、領国支配のやり方がどうにもまずいですね。確かに今まで領国を広げて来た中で、従わせてきた国衆に目を光らせておくのは大事ですが、何か虫けらでも殺すように「粛清」しまくっていては、造反する国衆もいて当然なわけです。こういう時こそ、鞭を振るだけではなく、飴をも与えてしかるべきですし、三国同盟もいつ破棄されるかわからないのです。今川家のいささか無理やりな締め付けと、それに対する国衆の造反とで、負の側面ばかりが拡大しているイメージがあります。
造反した国衆の最たる存在が、かの松平元康です。彼は幸いに粛清は受けず、西三河を勢力下に置いたものの、一向一揆で足元が定まらない状態になってはいます。ただしこの一揆勢力も一枚岩ではなかったこと、最終的に馬頭原の合戦で勝ったことから和議を勧めることができたわけです。またこの時、石川数正は浄土真宗から浄土宗に宗旨替えをしています。

槍と寺の庭
次郎が昊天の槍を持ち出し、自分は災厄を与えることしかないとぶち切れた行動に出て、南渓に、小野屋敷に行くかとまで言われてしまいます。おまけにこの槍を何度も地面に突き刺して、槍の刃を追折ってしまい、昊天を呆れさせます。恐らくこのシーン、冒頭の奥山孫一郎が斬られるシーンで、槍の刃が折れるのが伏線になっていて、それから直親の遺志を継いでというシーンに続いて行くわけです。
しかし個人的に、このシーンはちょっとどうかなとも思いました。皆が見ている前で決意を述べるというのは、『真田丸』の大坂の陣絡みでもありましたが、どこか学園ドラマぽくなるように思われます。あそこで直親に言及するのはいいのですが、その後ほぞを固めたというのを、改めて南渓と祐椿尼の前で誓うという描写の方が、よかったのではないでしょうか。

ところで、真田家もかつて辛酸をなめています。その再生の証として登場したのが、かの六文銭(六連銭)です。『風林火山』で、山本勘助と信濃に戻る真田幸隆に、親交のある僧の晃運が
「一度死んだ者は二度とは死なぬ」
と言って、六文銭を渡すシーンが登場します。このセリフ、この第12回で言ってもしっくり来たように思います。

それから『相棒』シーズン7の、第19話「特命」というエピがあります。この回で神戸尊が、二代目相棒となって出勤して来るのですが、当の杉下右京は、山奥の村に捜査に出かけてしまっています。この村に住む女性から、殺人を窺わせるような絵が送られて来たためなのですが、この村の村長を演じているのが前田吟さん、そして住職を演じているのが苅谷俊介さんです。

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2017/03/29 01:15 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

おんな城主直虎あれこれ その11

第11回のあれこれ。今回は、というか今回も多めです。

どちらかを選ぶ余地もない
今回印象的だったのがこの言葉です。政次は最初、直親から元康の書状(の偽物)を渡され、どうするべきかを政次に相談し、政次は今川と共倒れになるのはごめんだと言って、直親に2つほど忠告をします。
しかしその後駿府で、これが今川の謀だったことがわかり、同じ言葉を、今度は今川様の目付だからと、全く反対の意味で使わざるを得なくなります。これによって、父と同じようになる政次の今後がいわば決定づけられます。実際この後政次は今川に入れ知恵をするようになり、井伊への今川の下知は、実質政次の考えとなり、今川経由で井伊を遠隔操作している格好になります。
これで思い出すのが、『国盗り物語』の明智光秀です。光秀は当初足利幕府の幕臣でもあり、同時に織田信長の家臣でもあるのですが、将軍義昭の織田への野心から、ついに両者の間を取り持つことができなくなり、結局自分で奔走して再建した幕府を、敵に回さざるを得なくなります。

山伏は隠れ蓑
松平の使いを名乗る山伏がやって来て、寺に通す次郎。この前に、自分で勝手に駿府へ出かけて周囲を心配させているわけですが、自分あての客とはいえ、一応は和尚に相談した方がよかったでしょう。無論瀬名救出の礼、また元康直々の手紙とくれば、信じてしまっても不思議ではないのですが、この当時の修験者=山伏は間者の隠れ蓑でもあります。
結局これで直親が返書を出し、鷹狩りにも招待されて、今川の思惑通りになって行くわけです。そこで松平にすがることになるのですが、松平元康も兵は少なく、しかも利害関係が必ずしも一致しない相手には、なかなか首を縦に振ろうとしません。結局次郎は、瀬名へ直訴することになります。

瀬名の立場
しかし今川出身ということで、岡崎城内に置いてもらえず、寺に預けられている瀬名と子供たち。そこを訪れた南渓と次郎ですが、次郎はともかく、南渓はある程度難しいことを悟っていたと思われます。ですから引き際もあっさりしていました。一方次郎は「瀬名、開けろ!」と、最終的にはタメ口になっていましたが。
あらすじでも書きましたが、これはやはり松平が兵を割いてでも協力したい何かを、手土産と持って行くべき必要があるわけです。相手に力を貸してもらうからには、そうしなければならない。しかし井伊にはそれがなかったわけです。どのみち、今川と戦う力もない、小野を手なずけるだけの人物もいない以上、井伊はのっぴきならない事態に追い込まれたわけです。
ところで瀬名が次郎を見て、姫様と呼ぶシーンがありますが、あれは皆を必要以上に警戒させないための、彼女の機転でしょうか。しかるべき家の姫であって、怪しい者ではないとその場の者に悟らせる目的であるのなら、なかなか隙のない女性と見ることもできます。

直親の立場
結局、松下常慶でない山伏が持参した書状に返書を書き、鷹狩りにまで同行した以上、直親の取る道は、今川を裏切るか、あるいは駿府に行って申し開きをするかのどちらかでした。しかもかつての彼の父同様、駿府に行って生きて井伊谷に戻る可能性は、皆無というべき状態です。
この直親には、桶狭間の直盛もダブります。直盛も我が身を捨てることで、井伊を守ることを考えました。直親は、今川の兵が押し寄せたことを聞き、はやる直平や直由、奥山孫一郎らに、自分は駿府に行くから、虎松の時にそうしてくれと頼みます。
井戸端での3人が、かつての子供時代を思い出すさまは、こういうシーンが控えているだけに、なかなかつらいものがありますが、いざ出立となって、やはり井戸端で出会った次郎に、「おとわが女子であることが、俺のたった一つの美しい思い出」というのにも、子供時代が伏線となっています。これが「おとわとしの」でないこと、戻ったら一緒になろうと本音を言うところに、直親の覚悟のほどが感じられます。そして次郎の「待っておるからな」は、正に子供の頃、逃亡する亀之丞を見送るおとわを思い出させます。
ところでこの中で、家臣が直親に向かって「次郎様」と呼びかけるところがあります。次郎は井伊家の当主の通称ですから、無論直親にこう呼びかけるのはおかしくないのですが、これは次回の「女子でこそあれ次郎」につながるのでしょうか。

爺様の涙
「もう見送るのはごめんじゃ」と涙を流す直平。爺様にしてみれば、一族の中で自分よりも若い者が次々といなくなり、またこのうえで直親を見送るなど、耐えられないことなのでしょう。しかし、井伊の対今川方針が、常に兵を以て対抗しようとすることである以上、こうなることもまた避けられませんでした。しかもその兵力が足りない。昨年の真田家に比べると、井伊はかなり所領が小さく、しかも堅固な要塞もありませんでした。如何せん条件が違いすぎます。
いっそ小野家を使って、今川を切り崩すという手もあったはずなのですが…。あるいは小野を成敗して、別の家臣を使うという手もあったでしょう。ただしその場合も、いざという時に自己防衛できるだけの兵力は確保しておく必要があります。なかなか独立を保つというのは難しいことです。

ところで直親一行が、駿府に向かっている途中で強風に遭い、気が付けは敵に囲まれているシーンですが、実際浜松周辺の冬は、強い季節風が吹くので有名です。
今ではこの季節風は、ラグビーの試合を左右することがあります。ヤマハ発動機ジュビロのホームでもあるヤマスタ、そして遠州灘海浜公園球技場などでは、時に強い風が吹き、これがキックをしばしば押し戻すことがあります。ラグビーボールは軽いので、風の影響を受けやすく、せっかく蹴ったのに得点できない、あるいはタッチを割らないということで、風下の場合、キックによる得点に直結してくることになります。

それから昨年の『真田丸』関連で書いておきますが、昨年と比較できない理由の一つとして、展開の仕方が違う点が挙げられます。昨年は前半、夏ごろまでに調子を上げて大名となり、その後昌幸と信繁は流罪となり、最終的に大坂の陣という展開でしたが、今年はむしろ前半に井伊家が辛酸をなめ、後半盛り上げる展開になっています。むしろ真田家絡みで比較するのなら、『風林火山』で、最初亡命を余儀なくされ、後に信濃先方衆として、武田の支配下となった一徳斎の時代、あちらの方が比較対象となりそうです。
それから昨年、信繫の最初の妻となる梅が、戦乱が続くと田畑も荒れるということを口にしていましたが、それに関する場面が、第13回で登場するようです。

飲み物-エスプレッソ

[ 2017/03/22 00:30 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

真田丸-50

いよいよ最終回です。全体的な感想としては、先日も書いたようにちょっと中途半端に感じられました。それは「あれこれ」で詳しく書くとして、まず、あらすじから行きます。

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信之は江戸へ戻る途中、尼寺の一隅に宿を借りるが、もう一人の客と相部屋となる。その客とは本多正信であった。同じ部屋に寝ている正信の寝息と、寝言がひたすら気になる信之。一方大坂城では、十勇士が怪気炎を上げていた。そこに信繁(幸村)と佐助がやって来て、信繫はまたここへ戻って来ることを彼らに伝え、勝利し、命を惜しむようにと告げて去って行く。そして2人は与左衛門を成敗するため、厨へ向かう。

与左衛門ははじめ信長、次いで秀吉に仕えたが、妻と娘が秀吉に手籠めにされて自殺したことを根に持ち、豊臣と大坂城を滅ぼすつもりでいた。信繁は刀を抜くが、与左衛門は串で自分の胸を刺す。その後牢人たちの配置が決まり、秀頼の出馬を待たずに、千成瓢箪の馬印を掲げて出発することになった。信繁は出陣前に茶々に挨拶する。茶々は死ぬことは怖くないと言うが、信繫から実際の死の様子を聞かされて怯える。信繁は「望みを捨てぬ者にこそ道は開ける」と茶々を諭す。

自分の評価を気にする信繁に、人のまことの価値は時が決めると内記。外では早蝉が鳴いていた。茶々はきりとかるたを取りながら、左衛門佐がこの戦は勝つと申したと言い、きりも同意する。一方徳川陣では本多正純が、秀頼の出馬阻止のため、信繫が徳川についたという嘘を流す案を出す。考え方も父親に似て来たと苦笑する家康。信繁や勝永の牢人たちは、敵は戦知らずで連携も悪いと楽観するが、その時毛利陣に松平忠直隊が発砲し、毛利側もこれに応戦したという知らせが来る。

毛利は本多忠朝隊を退け、真田信吉の陣へと迫る。決断を迫られる信吉だが、命は受けていないと腰を上げない。信政は陣の外に出て応戦し、兵の一部を負傷させてしまう。毛利はその後も小笠原、榊原、諏訪、酒井を蹴散らす。そして信繁の陣では、信繫が大助に城へ戻って、秀頼に出馬を促せと命じていた。さらに、自分が寝返るという噂を払拭するかのように兵を動かす。その大坂城では、与左衛門が秀頼に、信繫が徳川と内通しているところを見た自分が、刺されたと嘘の情報を流していた。

信政は単独行動をたしなめられる。信吉は弟を、大御所様を守るために応戦したのだを庇うが、信政は面白くなかった。そして陣を出たところへ、今度は信繫の軍がやってくる。信政の後を追った三十郎は、断腸の思いで信繫に向かって行くが、信繫は三十郎をかわして去って行く。信繁軍が迫っていることを知らされた家康はその場を逃げ出し、また秀忠も、大野治房の軍勢が押し寄せるのを観て陣を去る。しかし優勢に流れたはずの豊臣軍が、一旦城へと引き上げ、しかも馬印を持って立ち去ったことから、秀頼が引き上げたと豊臣方に動揺が走る。

馬印が引き上げるのを見て雑兵たちが逃げ出し、大坂城は騒動となる。秀頼出馬を促す大助に、真田は裏切り者と大蔵卿局が言葉を浴びせるが、佐助は与左衛門こそ間者であると言う。その頃厨では、与左衛門が方々に火を放っていた。さらに戦の流れが変わり、豊臣方は苦戦や撤退を強いられていた。出馬する秀頼を、死んではいけない、生きる望みを捨てるなと引き留める茶々。そして千姫や侍女は、きりを先頭に、兵たちに守られて徳川陣へ向かう。その途中、きりは真田と徳川の戦いを目にする。

その一方で、大坂城では死闘が続き、内記は昌幸の位牌を手にしたまま絶命、先に弾丸を何発も浴びながら、自分の畑の上で大暴れした作兵衛も力尽きる。そして信繁は、再び家康を前に馬上筒を向けていた。既に今は徳川の世、戦の時代は終わったと言う秀吉に、自分はあなたを撃たなければならないと信繁。最初の一発が逸れ、二発目を撃とうとして腕を撃たれて馬上筒を落とす。そこには秀忠が鉄砲隊を引き連れてやって来ていた。佐助が爆薬を炸裂させるが、徳川の優勢は揺るぎようもなかった。

その様子を、伊達と上杉主従が遠方から眺めていた。信繁の姿に感動する景勝と、戦は終わり申したと告げる兼続。やがて信繁と佐助の主従は安居神社に退き、信繫はもはやこれまでと覚悟を決める。同じ頃、春は子供たちと伊達本陣を発ち、すえは夫と仲睦まじく暮らし、そして高台院となった寧は、片桐且元から大坂落城を聞かされていた。千姫は父や祖父との再会を喜ぶ。そして信之は、正信から如何に領民を統治するかを聞きつつ、歩を運ぶ。そこへ綱家が早馬で現れた。信之はその場で、大坂の陣の顛末を聞かされる。

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様々な場面が登場するのですが、あまり豊臣方で印象に残るものが少ない気がします。内記と作兵衛の奮戦は印象的でしたが、肝心の主人公があまりそうでない。むしろ、徳川方の方に印象に残る場面があった、そんな最終回でした。

[ 2016/12/20 00:00 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

真田丸-49

早いもので、最終回の一話を残すのみとなりました。いよいよ大坂夏の陣が始まり、牢人たちも戦場で命を落として行きます。しかも豊臣方の情報がだだ漏れであること、そして残った牢人たちも、圧倒的な人数の徳川方には勝利は難しいと悟ります。

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信繫(幸村)の手紙を読んだ信之は、信繫の決死の姿勢を見て取り、大坂行きを決める。真田の者と知られぬよう身仕度を整えたが、こうは大願成就のためにと六文銭を持たせる。また松は信繫のためにと乾物を荷造りし、また3人でお茶でも飲みたいと屈託なく話す。そして江戸城では、秀忠が、大坂の情勢を気にしており、妻の江に檄を飛ばされる。一方大坂では信繁たちが、外堀を埋められた大坂城ではなすすべもなく、京へ打って出ることにし、秀頼の本陣を伏見城に置こうとするが、大蔵卿局が猛反対する。

そのため秀頼は大坂城に置き、天王寺を守ることになった。また家康や秀忠の軍が来た場合の策を講じ、それぞれの配置も決めた。大蔵卿局は信繫に、言葉がきついのは性分、自分の役目はお上様と秀頼様をお守りすることというが、牢人は大嫌いとも口にする。家康は最終通告の意味で、もう一度秀頼に文を送ろうとするが、対照的に秀忠は気がはやっていた。家康は秀頼の処遇を大和郡山に転封、ただし牢人は連れて行かないと決めるが、秀頼は徳川と手を切る。豊臣も大坂城も終わりだと家康。

信之は大坂に到着し、甲冑が似合うようになった息子たちをほめる。そして信繁に会う件を切りだすが、小山田茂誠が、信尹が来ていると伝え、信尹の従者のような形で大坂に入る。しかし人改めがあり、信尹が大御所様の密命とかわして事なきを得るが、2人のそばを徳川方の武将姿の平野長泰が通り過ぎる。信之を目にした平野は、兵糧を取り上げられてやむを得なかったと逃げようとし、仲裁に入った武将は室賀久太夫と名乗る。それは、あの室賀正武の子であった。真田は父の敵と言う久太夫に信之はこう返す。「だまれ、小童!」

信繫は叔父信尹と兄信之に会う。徳川に下れという信之の話を断るが、信之は徳川に刃向っても死ぬな、自分が奔走してやると言って、かつて犬伏で約束したように、酒を酌み交わす日が来ればいいと言って出て行こうとする。ならば今ここでと言う信繁に、信之は、これは今生の別れではないと言って去り、信尹は好きに生きろと励ます。その大坂では4月29日に夏の陣が始まっていた。大名になることを夢見ていた塙団右衛門は鉄砲玉を額に受けて即死する。

団右衛門の遺体を目にした茶々は、自分たちもこの男の横に並ぶのかと口にして、きりに連れて行かれる。家康は大坂の情報を手に入れていて、信繫たちの裏をかき、又兵衛が道明寺で自軍を止めることも承知済みで、又兵衛が守る大和路は伊達に任せることにした。そして本多正信の案により、僧の楊西堂を使って又兵衛に工作させる。又兵衛は断ったものの、この事実は周囲の知るところとなった。徳川はこうすることで心を乱し、軍勢を崩れさせようとしたのである。

家康は、上杉景勝と酒を酌み交わしていた。自分があるのは太閤殿下のおかげだが、しかし豊臣を滅ぼすと家康。大義がないことにやましさがあるのかと景勝。さらに景勝は、冬の陣で信繫を見た、自分が理想とする生き方をしていると言う。しかし家康に取って、真田の名は全く別の意味があった。一方又兵衛と信繁は、それぞれ一国を与えると言われていたが、勝永には何もなく本人は不満げであった。しかし彼らの情報は、有楽斎がいないのにだだ漏れになっていた。厨の与左衛門が流していたのだった。

5月5日。又兵衛は信繫から、例の噂のことで捨て鉢になるなと言われ、木村長門守と共に、大和路に派遣された伊達軍と交戦し、戦死する。又兵衛の背後に控えていた牢人たちも敗走し、信繫も伊達軍の前に苦戦を強いられて退却する。追って来ようとしない伊達政宗に、信繫はこう叫ぶ。
「これでしまいかー、徳川兵に真の武士は一人もおらんのかー」
一方政宗はこのように返事を返した。
「弾が尽きた」
それきり伊達軍は追って来ようとはしなかった。

信繫は、伊達政宗に妻子を預けることにした。佐助に手紙を持たせ、了解を得た後春と梅、大八は作兵衛に守られて伊達陣へ向かった。作兵衛はその後戻る手はずになっていたが、きりはいざとなったら千姫を連れ出し、そのまま沼田にでも戻るよう指示される。しかしきりは、こうなったら最後までお上様に仕える、源次郎様のいない世にいてもつまらないからときっぱり言う。信繁はきりを抱きしめる。きりはこれが10年早かったらと口にしつつも、信繫に身をまかせた。

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まず、松が「お茶でも飲みましょう」と言っていますが、これは所謂抹茶のことなのでしょうか。それとも、既に煎茶が普及していたのでしょうか。実はこのお茶でも云々、後の酒を酌み交わしましょうにつながるものがあり、更にその酒を酌み交わしましょうは、家康と景勝のシーンに重なるものがあって、結構こだわりが窺えます。しかし家康もですが、本多正信もそこそこの年齢になっているのに、未だ謀略の才衰えずです。

それから「だまれ小童」の思いがけない再登場、壊れた茶々様など、あれこれ三谷さんらしさが漂うのですが、合戦のシーンがぶつぶつ切れてしまっています。せっかくロケしたのなら、もっと連続して流すという方法もあるかと思うのですが…。それとこの回で実に格好いい伊達殿。弾が尽きたと敢えて追わない(本当に尽きたのかもしれませんが)ところ、そして信繫の妻子を引き受ける辺りなかなかのものですが、ずんだ餅のPRマンのようになっている感もあり。ちなみに仙台のご当地スヌーピーは、スヌーピーが政宗、チャーリー・ブラウンが景綱の兜を着けていますね。

[ 2016/12/13 01:59 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

真田丸-48

12月に入り、放送回数もあとわずかとなりました。いよいよ夏の陣ですが、ここに来て豊臣家のかみ合わなさ、矛盾がかなり表に出た印象があります。もちろん家康も、その機会を狙っていたわけで、豊臣方の裏をかき、着々と次の戦の準備を進めて行きます。

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又兵衛、勝永、そして盛親たちは徳川陣への夜襲を企てていた。身の危険を察する家康。信繁(幸村)は有楽斎に、相手に伝わることを承知で、翌日の夜家康を襲うと話す。その後密書を受け取った家康は、裏をかいてその日のうちに大坂を発つことにするが、さらに信繁はその裏をかき、その日のうちに家康を襲うことにし、佐助をやる。佐助は発つ前にきりに求婚するが、すげなく断られ、そのまま消えてしまう。その家康ははやる秀忠相手に、機が熟すのを待つように諭していた。

大蔵卿局は依然として、戦は終わったと主張し、徳川が攻めて来ると言う信繁と衝突する。一方有楽斎は、牢人が火種になりかねないとも口にする。秀頼は牢人に恩義を感じ、可能な限り取り立てるつもりだった。その有楽斎は、密書を書いて控えていた家臣に渡そうとするが、それは実は信繁だった。内通のことを知られた有楽斎は大坂城を後にする。一方佐助は、家康の宿舎を襲って家康を視察するが、そこにいたのは影武者だった。

大坂では内記が、家康は二条城に入ったと信繁に伝える。年が明けて慶長20年(1615)。多くの大名たちは陣を引き払い、帰途についていた。そんな中、徳川との再びの戦のために、信繫は茶臼山と岡山に、巨大な要塞を築くことにする。そのための時間稼ぎの言い訳として、家康には牢人たちの仕官先を探していることにしていた。大蔵卿局は牢人が留まることに反対するが、息子の大野修理も、そして茶々までもが、牢人たちに城を委ねようと考えていた。

牢人たちが戦にはやるのを抑えるために、妻子やかつての家臣が城内に呼ばれて再会を果たしたが、そこには大蔵卿局と大野兄弟の母子の姿もあった。そして信繁は、大助を連れて甥たちに会いに出かけることにする。身内が敵味方に別れるのは辛いなと言葉をかける秀頼だが、そのそばにいる千姫も実は同じ思いだった。また秀頼は、いずれ四国の二国をもらい受けたいとも言うが、盛親も四国を平定することを夢見ていた。信繁は盛親にこのことを告げるが、それは盛親の法螺であり、本人は淡路島をもらいたいと言う。

一方千姫は、自分が江戸に戻ることで戦を止められないかと信繁に問う。また江戸に帰りたいとも言う千姫。その後信繁は甥たちを訪ね、また三十郎、茂誠とも会う。信繁は茂誠に、馬で敵陣を突っ切るには槍がいいのかと問い、誰を狙うのかと訊かれて、大将の首だと答える。茂誠は何かを感じ取るものの、鉄砲を薦めるが、弾の装填に手間取るとも答えた。その間信政は大助を罪人の子呼ばわりし、もみあいになるが、出て来た茂誠、三十郎と信繁の前で、大助は相撲を取っていたのだと取り繕う。

信繁と大助は大坂城に戻って来る。作兵衛の畑仕事を手伝うために、信繁も鍬で土を掘り返したところ何か固いものが当たる。それは利休の刻印の箱に入った銃で、その場所はかつて茶室があった。勝永はその銃を、火打石がついているため馬上でも使える馬上筒であると説明し、利休が商売の時期を見計らって埋めたのだろうと言う。そんな中、牢人たちの手持ちの金は尽きかけていた。次の戦に勝って領地を取り戻すまでの辛抱と信繁は言うが、修理の弟主馬治房が勝手に蔵を開け、配下の牢人たちに金銀や米を与えてしまう。

結局すべての牢人に報奨金が与えられ、その金で彼らは武器を買い込んで来た。また主馬は二の丸の堀の掘り起こしを始め、又兵衛は信繁に、そろそろ腹をくくれと詰め寄っていた。この有様を、京にいる板倉勝重が家康に伝え、家康は、諸大名に戦支度をするよう伝えよと本多正純に命じる。また大野修理は主馬に殴られて傷を負い、開戦派と慎重派の決裂は決定的になっていた。江戸では、信之が信繁の文を見て、何事かを感じ取り、大坂行きを決める。そして大坂では信繁が、馬上筒の試し撃ちを始めていた。

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夏の陣に向けて、好機を窺う豊臣と徳川です。家康は牢人たちが去った時、豊臣は要塞が完成した時が決戦の時となるはずでした。しかし家康は、牢人たちがまだ大坂城内にいることに気づき、総攻めを決意します。これは豊臣方にも非がありました。しかも大野兄弟の内輪もめに見られるように、既に豊臣家は開戦派と慎重派とに分裂していて、後に引けなくなってもいました。しかし家康の具足、前から思っていたのですが結構メタリックで、南蛮甲冑のようですね。リーフデ号にあったといわれる甲冑を作り直したのでしょうか。

しかし信繁の「勝つためにここへ来た」が、もはや自分を鼓舞するためのものになっています。また「戦に勝ってから」云々も、取らぬ狸の皮算用的ですが、彼はどこまで勝てると思っていたのでしょうか。それから有楽斎追放となったものの、まだ間者が城内にいます。密書の署名にもある大角与左衛門こそ、その人物です。本当はまだ他にもいるのではないかと思われます。牢人が急に2万人増えていますが、その中に紛れていてもおかしくないわけですし、家康ならそのくらいやりかねないでしょう。

[ 2016/12/06 01:15 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

真田丸-47

第47回「反撃」のあらすじです。結局砲弾に怯えた茶々の心変わりにより、徳川相手に和睦が行われますが、結果としては、ほぼ徳川のペースに巻き込まれることになります。しかし今回の終盤、何だか学園ドラマみたいでした。

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砲弾を天守閣に撃ち込まれたことにより、茶々は和睦を受け入れる。一方、茶々の居室を外すという家康の言葉を信じた片桐且元は、約束が違うと家康に詰め寄るものの、家康は相手にしなかった。且元はその後、夏の陣の直後に世を去る。茶々は放心したようになっていたが、きりが助けたことを知った信繁(幸村)は彼女に礼を言う。しかし大野治房や木村重成を含め、豊臣家の人物は和睦に前向きになれず、牢人たちもまた、追い出されるのではないかと不安を感じていた。

和睦に関しての評定が始まり、豊臣から人質を出す案も出たが、大蔵卿局がことごとく反対する。そこへきりが来て、信繫を茶々のもとへ連れて行く。茶々は不安の色を隠せず、信繫をひたすら頼りにしていた。ことを有利に進めたいと答える信繁。その後、茶々が大坂を離れることもあると言う信繁に、きりは、ずっと大坂で暮らして来たのにと怪訝な表情をする。しかしそれは、茶々が大坂城でずっと重荷を背負って来たということでもあった。

牢人たちの間では、茶々と信繁の仲を疑う声もあった。また盛親と全登は、それぞれ所領とキリシタンの保護がうまく行くのかを懸念する。その頃江戸では、信之がお通に膝枕をしてもらいながら、あれこれ話していた。そこへ、信之を尾行していた稲とこうが現れる。信之を癒すのは自分だったのにと嘆くこう。お通はそこで、自分は金を取って人の悩みを聞いていたのだとかわし、信之に勘定書きを突き付けて帰宅させる。

大坂城では、作兵衛が畑仕事に精を出していた。その作兵衛に牢人たちは、真田幸村を信じていいのかと問い詰める。作兵衛は、幸村はあまり長く仕えていないが、父昌幸は武田家への義に篤い人物であり、信繫も太閤殿下への義がある人物と答える。その一方で、家康の和睦に秀忠は異議を唱える。しかし家康の狙いは、和睦と見せかけて城を無防備にし、そのうえで攻めるというところにあった。また豊臣方では信繁が、家康が自分たちを挑発していることに気づき、使者を立てることになる。

使者は女性であることとされ、茶々の妹の常高院(初)と決まったが、大蔵卿局が同行することになる。また信繁はきりも同行させ、状況が不利になったらかき回せと吹き込む。常高院の義理の息子、京極忠高の陣で行われた和議は、徳川方の使者阿茶局のペースで進んだ。きりが足をつったふりをして、常高院をそれとなく促すも、阿茶局の話の巧みさとそれに乗る大蔵卿局とで、常高院の影は薄かった。結局豊臣家安泰を約束する傍ら、牢人の処遇は曖昧にされ、さらに真田丸の取り壊しと、堀の埋め立てが決まってしまう。

その結果真田丸は取り壊され、堀も埋められた。なぜそのようなことをと問う信繁に、大蔵卿局は平然と、戦が終わったから無用の長物と言い放つ。信繁はこれに、出城と堀がなければ戦はできぬ、戦ができない我々に、家康は約定を守らぬと怒りをあらわにする。長男の修理も、母上は豊臣を潰すおつもりかと言うものの、大蔵卿局は豊臣のためとだけ口にし、また牢人を雇う金ももう無いと言う。

家康と秀忠父子は、大坂城が無防備になる様を眺めていた。これで後は、向こうが和睦を破るように仕向けるだけと、高笑いする家康。窮地に追い込まれた信繁は、妻子を上田に遣ろうとするが、又兵衛ら牢人たちがその場に押し掛け、戦がしたくてたまらない、何か策を考えろよと言ってくる。また秀頼も現れ、信繫の手を取って、信繁の言葉「望みを捨てぬ者にこそ道は開ける」を口にし、自分はまだ望みを捨てていないと言う。

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今回は冬の陣後の和睦が中心でしたが、どう見ても大蔵卿局が一人で、しかも、豊臣に「不利な」方向に引っ張って行っている印象がありますね。牢人が嫌いでたまらないわけだから、その辺をさりげなく突いて、なおかつ徳川に有利なようにリードする阿茶局には、きりを含め豊臣方が3人束になっても適わなかったわけです。流石に阿茶局は仕事ができる。信繁も、女同士でならどうにかなると目論んだのでしょうが、ここは徳川の女を甘く見ましたね。しかしきりの脚がつった云々は、何か大げさすぎでは。

それから信之とお通。あれはとっさにお通が機転を利かせたと見るべきでしょうが、奥さん2人が尾行しますかね。一方作兵衛の、牢人たちへの答えっぷりはなかなかいい。というか、「義」とはそもそも主君とか公儀、あるいは朝廷に対してのものであるということが、よく窺える会話でもあります。そして大野治房。実際自分で戦場に立っているから、結構この人は牢人に同情的です。兄の修理が高級将校なら、この人は軍曹ほどの違いがあるかと。

[ 2016/11/29 02:00 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

真田丸-46

さて真田丸の戦いも終わり、秀頼が家康攻めに乗り気になります。しかし信繁(幸村)は、まだその時期ではないと諌めます。一方この敗戦に怒り心頭の家康は、豊臣方を和睦の席に引きずり出すため、ついに大砲(大筒)を持ち出します。

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真田丸の戦いの勝利に秀頼は気をよくし、信繫をほめた後、茶臼山の家康本陣へ総攻めを行いたいと言い出す。しかし信繁は、今は守りを固くすること、そして、兵をみだりに死なせないことを秀頼に具申する。秀頼が、自分はほめられて伸びる男だから、何でも話してくれと口にしたため、信繫は、自分の言葉の重みを自覚してほしいと言う。その一方で家康は、本陣でエゲレス製大筒の到着を、今か今かと待ちわびていた。

家康は大筒が届くまでの間、兵たちを3つに分け、夜間に鬨の声や太鼓の音をさせる作戦に出た。これに震え上がる侍女たち、しかしきりは落ち着くように言う。信繁たちはさして気にも留めず、坂団右衛門が犬の鳴きまねで応じる。茶々も勝利を喜ぶが、妹の初は、両親同様、自分も燃え盛る城の中で死にたがっているのではないかと懸念する。そうは見えないという信繁に、初は、姉は本心を言う人物ではないと洩らし、あなたを頼りにしているとも口にする。

一方江戸では、信之と平野長泰が、江戸への旅支度を整えていた。しかし稲は信之を、あまりに無茶であると止める。その時、この江戸屋敷に匿われて療養を続ける出浦昌相が現れ、これが徳川に知れたら、真田は終わりだと信之に言い渡す。自分も父や弟同様に無茶をしたいと言う信之に、お前のは先が見えていない昌相は言い、怪しげな糸を信之に投げつけて去る。結局大坂へは、平野が一人で出向き、真田は関わらないことになった。

大坂では大助の陽動作戦を家族と内記、作兵衛がほめた。しかし母親である春は、今後のことを考えて大助の身を案じる。また作兵衛は、城の一隅に畑を作っていた。その一方で、出番がなかった又兵衛や勝永は不満そうだったが、信繫は、またせめて来るまで待つように諭す。そして徳川本陣では、なぜ大坂城を総攻めしないのかと言う秀忠に、勝つだけではなく兵を死なせないことも大事と正信が言う。奇しくも、信繫が秀頼に対して言ったのと同じセリフだった。

家康は真田信尹を呼び、甥の信繁を調略して寝返らせるように言った。信尹は再び徳川に仕えていたのである。およそ20年ぶりの再会を果たした信尹と信繁。信尹は家康の書状を信繁に渡し、読まなくていいと告げて去って行く。家康には不首尾であったことを伝えた。信尹が去った後、家康はこう洩らす。
「食えぬ男よ」
そして本多正純は、有楽斎に和睦で城内の意見をまとめるように命じる。

この件で信繫は猛反対するが、勝っている今のうちこそ和睦と主張する有楽斎、そして牢人たちをよく思わない大蔵卿局は、秀頼に和睦を受け入れるように要請する。これに対して大野修理はなすすべがなく、信繫に世茶々を説得するよう依頼する。茶々は秀頼の前に現れ、自分こそ主だと主張する秀頼に、母親たる自分こそまことの城主と言い、和睦を否定する。しかしこれは、秀頼可愛さゆえのことでもあった。その一方で、徳川の嫌がらせと和睦の件で牢人たちはむしゃくしゃしていた。

皆は塙団右衛門をリーダーに、夜討ちを企てるも盛親と全登は不参加で、盛親は信繁にこのことを告げる。すると信繁も夜討ちに加わり、蜂須賀の陣を襲う。その後家康の本陣には、待望の大筒が届き、家康は片桐且元に、狙っては大変だからと茶々の居場所を事前に確かめる。無論これは逆で、茶々の居場所を狙わせるためのものだった。カルバリン砲から放たれた砲弾は、天守閣の鯱を破壊した。二人の侍女がその下敷きになったのを見て、茶々は哀れなほどにうろたえる。

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さて一旦戦が終焉に向かう一方で、様々な問題が起きて来ます。詳しくはまたあれこれで書く予定ですが、どうも大坂城内の対立する人々の存在が、秀頼、ひいては修理や信繁にも少なからず影響していて、それが矛盾を生み出しているようにも見えます。きりもベテランになり、すっかり頼られる先輩となるその一方で、家康期待のエゲレス渡来のカルバリン砲、茶々を怯えさせるには十分効果があったようです。しかし内野さんの「エゲレス」に『JINー仁ー』を思い出します。

そして塙団右衛門役の小手さん、犬の鳴きまねうまいですね。三谷さんは『新選組!』でも隊士にインコかオウムの言葉をしゃべらせていましたが、こういう趣向を凝らすがお好きなようです。しかし動物の声といえば、やはり山寺宏一さんです。パペットホームズで、犬のトビイやネズミのベイカー寮遊撃隊をはじめ、動物の声をすべて担当、もちろんシャーロック・ホームズと兄マイクロフトの声も担当ですから、正に離れわざであるかと。

[ 2016/11/22 01:30 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)

真田丸-45

大坂冬の陣が始まり、真田丸の戦いが行われます。この戦いは徳川方の足並みの乱れによる、いわば敵失でもあったわけですが、信繫(幸村)自身もこの勝利に、かなり気が高ぶっていたようです。そして大助は、第一次上田合戦時の信繁さながらでした。

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明石全登が守っていた木津川口の砦が攻撃され、さらに今福の砦も破られて、ここに大坂冬の陣が始まる。木村長門守重成と後藤又兵衛は今福へ向かうが、大勢の徳川軍相手になすすべもなかった。有楽斎は城の西と北が手薄と言うが、信繫は前田、井伊、松平忠直の軍勢が集結している南こそ要注意と反論する。その後毛利勝永は信繁に、木津川といい今福といい、守りの薄い砦が集中して狙われていることに言及し、内通者の存在を示唆する。

信繫は厨に有楽斎を呼び、この戦は正直怖いと伝える。無論これは信繁の罠であった。有楽斎に、城の西の博労淵の守りを固めたいと言う信繁、心が弱るとどんな敵も大軍に見える、心配ご無用と言う有楽斎。そしてほどなくして、博労淵は徳川の手に落ちた。信繁は有楽斎が怪しいと考える。一方その頃、江戸では松が真田屋敷に戻っていた。松は大坂で大勢の兵を目の当たりにし、かなり戦のことを気にしていた。その松に、大坂城はいつかは落ちると言う信之。しかし弟のことは気になっていた。

その真田屋敷に、福島正則と平野長泰が訪ねて来た。正則は兵糧米を大坂に送ったために留守居役となっていた。正則と平野は共に、秀吉の恩に報いるために米を送ろうとして、信之に協力を依頼しようとしていた。流石に信之は断るが、信繫のために何かしたいとは考えており、稲に話すも、息子たちを徳川軍として送っているため、きっぱりと否定される。しかしこうが機転を利かせ、そば粉を1700貫用意していた。

信繫は春に、戦になったら城から出るな、食料や水も配るな、娘の梅を守れと念を押す。第一次上田合戦で、最初の妻の梅を失った苦い記憶があったためだった。そこへきりがやって来るが、春といるのを見て足を止める。そこへ茶々が来て、きりが寧の侍女であったことを知っており、今度は自分の侍女にしてしまう。また家康の本陣では、真田丸を警戒する家康が、それにはまるで無頓着な秀忠に手を焼いていた。

その真田丸では、信繫と内記が辺りを見回していた。同じ赤備えの軍を目にした内記に、信繫は井伊直孝(直政の二男)の軍だと答える。
信繫「向こうにもここに至るまでの物語があるのだろうな」
内記「一度聞いてみたいものですな」

一方、家康は上杉主従を本陣に呼び、真田丸のことを述べ、更に関ヶ原の戦い(上杉の場合は慶長出羽合戦)で楯突いたこと、直江状のことなどを今更のようにあれこれ話し、更にこう言う。
「真田丸を、落とせ」
ここで真田と戦うことで、忠義を見せつけるように景勝と兼続に言いわたす家康。今となっては、上杉も豊臣に味方するわけには行かなかった。

大坂城では、自分も甲冑を着けて戦場に立ちたいという秀頼に、総大将たるもの、兵の前に無闇に現れるものではない、味方が劣勢であると勘違いすると信繁が具申する。そこで茶々が鎧をつけ、味方を激励することになるが、きりは嫌そうな表情を浮かべる。そして信吉の陣にも、上杉のもとで真田丸を攻めよとの書状が届き、三十郎は佐助に文を持たせて、信繫にこのことを知らせる。急ぐ必要があると考えた信繁は、徳川軍を焚きつけることにし、また秀頼と修理に内通者の存在を伝える。

真田丸の戦いは、初陣である大助の陽動から始まった。真田丸には五人衆の一部も入っていた。まず中で噴煙を立て、仲間割れしたように見せかけて、前田、それに続く井伊の軍勢を引き付ける。しかる後に銃撃し、また石を転がして相手を後退させた。形勢不利になりつつも、敵をしのぐ真田軍を見て、徳川方は退却を始める。それを見た兼続は、主君の景勝にこう言った。
「味方が兵を退(ひ)いております」
その後景勝は、赤の甲冑を身に着け、徳川勢を撃退する信繁を目にして叫ぶ。
「日ノ本一の兵(つわもの)!」
これを聞いた秀忠は大敗であると口にし、そのようなことはわかっていると、またしても父家康の怒りを買うことになった。意気揚々と凱旋した信繁。秀頼にこのことを伝えようとする重成に、信繫は、このように大きな戦は、自分でも初めてだと本音を漏らす。

*************************

今回もあれこれ興味深い点があります。まず上記あらすじ中ゴシックの井伊の物語、これはどう見ても『おんな城主 直虎』のPRにしか思えないのですが。この来年の大河は、結構『真田丸』とコラボしている感があって、作品同士もっと連携してほしい身としては、いい傾向だなと思っています。そして家康、上杉主従を呼んで真田丸を落とすよう命じ、さらに関ヶ原や直江状のことまでねちねち言いたてる、このいやらしさがまた如何にも家康らしくてよろしい。しかし秀忠はちょっと鈍感すぎやしないでしょうか。他にも本多-直江とか、福島正則への沙汰、再びスイッチオン状態の家康等々あるのですが、これはまたあれこれで書くことにします。

それと内通者がいるという点に関して。内通者というのは、どの時代のどの合戦、あるいは戦争であってもまず存在するわけで、実際真田家もその内通者を利用して、自らに有利にことを運んで来た側面はあるわけです。ただしこの場合は、茶々の身内であり、それゆえに如何にも豊臣の味方のように見え、しかもそれなりの身分である有楽斎である。それが問題であると捉えるべきでしょう。無下に斬るわけにも行かず、追放したくてもできない、下手に追い出せば徳川を更に焚きつけるという、かなり厄介な相手なわけです。しかも次回は早くも和睦で、これでまた妙な立ち回りをしかねない相手でもあります。

[ 2016/11/14 01:30 ] 大河ドラマ 真田丸 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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