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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  真田丸その他

『草燃える』の義経と人物描写 2

順序が前後しますが、『草燃える』のDVD第1巻を観た感想です。まず義経の描写についてですが、やはりちょっと単純かつ荒っぽい印象を受けます。兄頼朝が自分と会った際に、涙を流したと言って喜ぶ義経を、同母兄である全成が、自分の時もそうだったと言って牽制するシーンもあります。実はこれを観る前に、『義経』の壇ノ浦の回前後を観たのですが、この場合は流石に主人公ということもあり、壇之浦は早まったと反省しています。

ともあれ、この大河的には義経は短慮で先っ走りな人物という設定ですが、そもそも鞍馬を抜け出して弁慶と対峙する時も、一対一ではなく、京の盗賊団に取り巻かれる描写になっていました。それはともかく、平安から鎌倉に移行する時期が舞台である以上、頼朝、全成、義経そして梶原景時それぞれの思惑をもっと見たかったなと思います。ただ政子もまた主役であり、むしろ彼女の物の見方がこの作品の方向性を決定づけているとも取れます。

そのせいもあってか、男女の絡みの場が比較的多い印象があります。頼朝と政子はともかく、頼朝が義時の妻となっていた茜を手籠めにしてしまい、その後生まれた茜の子(後の北条泰時)が、どちらの子であるかわからないという描き方になっています。これに従うと、北条氏は実は源氏の血を引いていたということになるのですが、それはともかく。

そもそもこれは、茜が父大庭景親の命乞いに頼朝と会ったのが裏目に出たともいえますが、命乞いをしても恐らく景親は処刑されたでしょうね。無論義時と、この茜が密会するところも登場します。こういったシーンとか、この間も書きましたが、木曽義高の面影をいつまでも引きずる大姫などに、やはりかなりの尺を割いています。ところでその大姫ですが、義高の死を知って病に臥すも、ふくよかすぎてあまり病み衰えた雰囲気がないのがちょっと残念です。

それから頼朝が執務中に政子が来てあれこれ話すシーン、これはかつての大河では割と見られたのではないかと思いますが、意外なことに、女性の描写が多い最近の大河の方が少なくなっているようです。2010年代に入って、リアルタイムですべて観た男性主人公大河、すなわち『軍師官兵衛』、『真田丸』そして『西郷どん』では、あまりこのようなシーンはなかったと思います。実際に夫婦がプライベートな会話を交わすのは、寝所であったのではないでしょうか。

また政子が冒頭の方で着ていた赤の衣装、『武田信玄』で南野陽子さんが演じていたおここ(湖衣姫ではありません)の衣装と何となく似ているのですが、こちらの気のせいかもしれません。あと頼朝の住まいが流人としては立派な感じもしますが、これも恐らく『平清盛』のイメージが強いせいもあるのでしょう。あの頼朝の家というより「小屋」はかなりひどかったですね。監視役である北条時政が、時々野菜を持って来ていましたし。

しかしこの大河、伊東祐之がとにかく貧乏くじを引いています。政子が山木兼高と結婚させられそうになったため、彼女を愛するあまり頼朝の許へ逃がす役目を負うのですが、これは単なる「パシリ」役でしかありませんでした。その後も不利益を被り続けた挙句、彼は琵琶法師となって最終的に義時と対面します。これにより、苦難の中で受け続けた負の感情が昇華されたようにも取れますが、それについては総集編の最終話を観てからにしましょう。

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[ 2020/09/20 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『草燃える』の義経と人物描写

以前、1979年の大河『草燃える』関連投稿で、源義経について触れたことがあります。その時、この大河の義経はどちらかと言えば短慮で、兄頼朝の命令に従わないと書いています。というわけで、その『草燃える』のDVDを観てみたところ、やはり少々軽くて、これでは朝廷の思うままにされそうではあります。ただ今回観たのが、壇ノ浦合戦後の義経が登場する第3編であるため、それ以前の義経に関しては、また改めてDVDを観たうえで書きたいと思います。

その義経ですが、京で英雄視され、兄の許可を得ず勝手に任官を受けてしまいます。そのことで兄と対立すると、御所に乗り込んで後白河法皇に院宣を迫ります。無論それ以外にも、頼朝の神経を逆なでするが如きことをしており、この辺りにこの人物の無謀さが出ています。結局頼朝は義経を討とうとするものの、先を読んでいた義経は一旦は勢力を取り戻します。しかしそれも束の間、今度は自分が追われる身となります。後は史実のように奥州に身を寄せるに至りますが、総集編ということもあり、そこまで詳しく描かれているわけではありません。他の源平物や『炎立つ』の各エピのDVDの方が、このいきさつについては詳しく描かれており、その意味でせっかくの鎌倉物でありながら、総集編しかないのはちょっと勿体ないなとも思います。

そして頼朝の奥州攻めですが、この時義経終焉の場に義経の銘の矢が落ちていたことで、頼朝は床にひざまずいて涙を流します。これで思い出すのが、原作で義経がこの頼朝に初めて会った際に、兄上は涙を浮かべた、優しい人だと全成に話す場面です。しかし全成は自分の時も涙を流したと言い、暗にその涙は本心ではないかもしれないと、この弟を牽制するのですが、義経は真に受けてしまいます。その義経が亡くなってから、恐らく本心からであろう涙を頼朝が流すのは、ちょっと皮肉な話です。ところでこのシーンもそうなのですが、この大河は、どちらかといえば情に訴えるような演出が散見されます。

静が舞を奉納する際の、頼朝にいわば当てつけるような態度もさることながら、頼朝の長女大姫が、妊娠している静に向かって、お腹の子が男だったら殺すだろうから、逃げるように言い聞かせるシーンもまた然りです。とりわけこの大河は、大姫の描写に尺を割いている感もあります。この大姫が成長し、入内のいわば下見のような形で上洛した際、京でかつての婚約者、義高が乗り移ったような人物と会ったり、異次元空間でかつての義高に出会ったりと、何やら奇怪な描写が登場します。この辺の展開は正直微妙です。その後彼女は発狂したようになり、自分で自分の髪を切り刻むという不可解な行動に出た挙句、二十歳でこの世を去ることになります。無論物語の進行上、こういうのは確かに必要ではあるのですが、比較的女性目線だなと思われるところがあります。

それから北条政子が、嫡男頼家と対立しますが、この時はまだ病気の頼家を看病したりと、母親らしいシーンも登場します。しかし、同じ岩下志麻さんが演じている『独眼竜政宗』のお東の方になると、息子の食膳に毒を盛ったりするなど、かなり歪な親子関係になります。無論これは、戦国時代という時代背景も大きく関係してはいるでしょう。

あとやはり思うのが、この大河のセリフの多くが現代語であるため、その点で大河らしからぬ印象を与えてしまっています。女性同士の会話、特に大姫が「私、…なのよ」などと言うのは、現代ドラマというか朝ドラ的です。『真田丸』でも、きりが現代語を使っていましたが、この場合は彼女のみがそうであったこと、狂言回し的な役割であったことから納得はできました。ただし、きりの場合は朝ドラというより月9のイメージでした。

それと『国盗り物語』でもそうでしたが、この当時の映像だと、カツラやヒゲの継ぎ目などが、どうしても目立ってしまいます。致し方ないことではありますが。

またこの時代、当然ながら鎌倉という武家政権の中心地が独特のオーラを放っています。しかし何週間か前の『太平記』のアンコール放送で、「鎌倉炎上」を放送していたことを思うと、何やら無常さを感じずにはいられません。

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[ 2020/09/08 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ニッコームック『おんな城主 直虎』完全読本のインタビューに関して その2

先日の投稿の続きです。後編、つまり続完全読本のインタビューは岡本チーフ・プロデューサーのみです。インタビューの冒頭では、城主となってめげずに進んで行く直虎を、エネルギッシュにアクティブに描いていくつもりだとコメントしており、さらに龍雲丸に敢えて武士を否定させることで、直虎をスケールアップさせるとか、小野政次とは恋愛を超えた関係になると語ったうえで、挑戦し続ける直虎の美しさを映したいというコメントで締めくくられています。

これは昨日も書いたことですが、直虎をどう描きたいのか、周囲の人物とどういう関係を持たせたいのかであればこれでもいいでしょう。しかし直虎という存在が、歴史の中でどのような役目を果たすのか、歴史上の様々な人物とどのように関わって行くのか、それがこのインタビューからはなかなか見えて来ません。フィクションであればそれでも構わないのですが、大河という本来は実在の、しかも何らかの形で歴史に関わった人物を描くのであれば、これだけではやはり弱いのです。大河そのものの条件を満たしていないとも言えます。

無論このインタビューのみならず、前編のインタビューでも言えることですが、井伊谷三人衆とか今川家、さらには徳川家康といった存在に殆ど言及されていません。直虎を主人公にする以上は、こういう人物との関係は当然無視できないのに、インタビューの中にまるで登場しないというのは不思議なものです。特に後編である以上、信長や家康が絡んで来て、直政も戦国武将となり、直虎を取り巻く環境も変わって行きます位言ってもいいのではと思われます。

女性主人公、特に無名の主人公はとかくこういう、歴史よりも周囲の人物との絡みが重視されがちで、結局それが面白くなく、主人公としてふさわしいかが議論される一因になっています。本来企画を通した時点で、歴史との関りが話し合われてしかるべきかと思いますが、どうもそのような過程を経ておらず、制作統括が「自分がやりたいから」だけで決めてしまっていないか、そのように見えてしまいます。今川や直政をもっと前面に出し、準主人公的存在として扱うべきだったなと思います。とはいえ、一応前面に出て来ていた直政もああいう描かれ方ではありましたが。

それとは別に、直虎の母祐椿尼が、桶狭間で戦死した家臣の妻たちに文を送るのはいいのですが、彼女が死ぬ間際にも直虎や家臣に手紙を残しておいたという設定、言っては何ですが、どうも同じネタの使い回しに見えてしまいます。

少なくとも『真田丸』続完全読本の、屋敷氏のインタビューに見られる放送への評価、あるいは「誰もが納得する展開になるはずです」といった、視聴者にアピールするようなコメントは『直虎』では発せられていません。あくまでもこう描きます、ああ描きますの次元にとどまっており、こういう部分もまた、この両者の違いを浮き彫りにしているとも言えるでしょう。

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[ 2020/09/02 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ニッコームック『おんな城主 直虎』完全読本のインタビューに関して その1

ニッコームックの『おんな城主 直虎』ガイドブック(完全読本)です。ナレーションの中村梅雀氏、音楽担当の菅野よう子氏、そして美術統括の西川彰一氏のインタビューに関しては、ドラマ自体の意思決定に携わってないのでここでは割愛します。

まず脚本担当の森下洋子氏ですが、インタビューでは
  • 大河ドラマを歴史ドラマの使命感や縛りから解放する
  • 史料が乏しくても気にしない
  • 生と死の境界線がギリギリでせめぎあうのは戦国ドラマの面白さ
こう言ったコメントが出て来ます。まず「歴史ドラマの使命感や縛りから解放する」について、これも前に書いてはいますが、作品自体が息をしていない大河もあったと森下氏は述べています。無論具体的にどの大河であるかには言及されていません。個人的に、このコメントの少し前にある
「大河は歴史を教えるためのドラマではない」
にはうなずけますが、歴史を伝えるのもまた大河に求められるものであり、それを無視しての大河制作もまたありえないかとは思うのですが。

それから史料関係、これに関しては『信長公記』も信長の家臣の太田牛一が書いたものだから、その意味で史料としては怪しいと語っていますが、これも正直何だかなあと思います。そのためにも、様々な研究者が多くの史料を照らし合わせて検討し、脚本の骨格を作る作業がなされてしかるべきでしょう。それと「生と死の境界線がギリギリでせめぎあう」のが面白いと言うのはいいのですが、それが具体的にどのような状況を指すのかが出て来ない。
こういうコメントを見ていて思うのは、そもそもの主人公の知名度の低さです。史料がなく、どのようなことをしたのかもわからない点が多い、だから自分たちで作ってしまおうというのが本当のところではなかったのでしょうか。真田信繁が何をしたかというのも、きわめて限定的にしか伝わっていないとはいえ、この辺りが『真田丸』とはやはりかなり違うと考えざるを得ません。

次にチーフ・プロデューサーの岡本幸江氏ですが、ここではなぜ直虎を主人公にしたかが語られています。しかしそれも、出家していたため婚約者(井伊直親)と結婚できなかった点、井伊家の男性陣が亡くなった後城主となったという点がメインです。つまり日本史において、何をしたのかが明確にされていない。唯一はっきりしているのは、徳政令を出したという点のみです。これに関して岡本氏は
「彼女が城主となったいきさつなど詳細はわからず、謎の部分にはきっといろいろなことがあったはずだと興味をそそられた」とのことですが、この「あったはずだ」には違和感を覚えます。何もわざわざ「あったはず」の人物を主人公にせずとも、「これこれこういうことをした」人物の方が、より主人公としての設定はし易くなるでしょう。最初に直虎=主人公ありきで、肝心の部分が後回しになっている印象を受けます。

岡本氏は、直虎はたったひとりですくっと立ち上がって城主になったということから、「スカーレット・オハラみたい」と表現していますが、スカーレットとでは共通する部分の方が少ないかと思われます。「綿」関係で多少共通するかも知れませんが。『八重の桜』のジャンヌ・ダルクでも感じたのですが、なぜわざわざ外国の女傑を引っ張って来てなぞらえたがるのか。わかりやすくするという狙いはあるのでしょうが、いずれの場合も似通った部分はそうないのではないかと思います。

そしてチーフ演出の渡辺一貴氏。「おとぎ話のような世界観で」「思いきりはじける芝居を追求」とあり、この点でもある程度史実、記録のある人物を大河化すると言うよりは、フィクション的要素、もっと言えばファンタジー的要素が強いなと思います。あまりよくわかっていない人物だから、このように持って行こうとするのはわからなくもありませんが、行き過ぎといった印象はかなりありました。同じ年にアンコールで放送されていた『風林火山』、これも主人公の山本勘助はすべてがわかっている人物ではないのですが、その辺りをうまく調整していたのに比べると、直虎の方はやはり、本来の戦国大河に備わっているべき旨味には乏しいと感じられました。ただこの方のコメントにある、直親が光で政次が影というのは、概ねその通りだったと言えます。

この大河が始まる前、私はこう書いています。
  • あまりスイーツ大河というイメージではなさそうな気がする
  • 合戦シーンなどは泥臭く、かつ緊張感が感じられるものであってほしい
  • 直虎自身の史料があまりないため、創作部分も多そうなので、その創作部分の面白い面白くないが、評価の分かれ目となる
まずスイーツという点では意見が分かれるところでしょう。その割に生臭さもありますが、それも陰謀とか工作といったものよりは、どちらかといえば生首のような、それとわかる小道具を前面に出して戦国らしさを描こうとした感があり、その点でちょっとちぐはぐな感もありました。また合戦シーンは、あまり出て来ませんでした-それらしいのは長篠の戦いと、井伊谷が焼け落ちるところ位で、しかも泥臭く緊張感があるかと言われると迷うところです。そして創作部分が面白いか否か、こちらは最初の3か月ほどと今川絡みはまあ楽しめましたが、龍雲丸との絡みなどは、それまでの女性大河を踏襲しているようにも見えました。

次は後編(続完全読本)に関して投稿予定です。

飲み物-カフェラテ2
[ 2020/09/02 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ニッコームック『真田丸』完全読本のインタビューに関して その2

先日の続きです。ニッコームックの『真田丸』ガイドブック後編(真田丸 続》完全読本)のスタッフインタビューは、ヴァイオリニストの三浦文彰氏、ナレーションの有働由美子氏、そして再び制作統括の屋敷陽太郎氏となっています。

このうち、ドラマの意思決定に関わる屋敷氏のインタビューを採り上げてみます。この時点では既に放送が始まっていることもあり、トークショーの雰囲気は上々で、さらに時代考証の黒田基樹、丸島和洋そして平山優の三氏に加え、風俗考証の佐多芳彦氏のアイデアの影響も大きいと屋敷氏は語っています。実際越後での鉄火起請とか、それぞれを治部や刑部、左衛門佐といった官職名で呼ぶやり方などは、これらの人々が大きく関与しているようです。

他にも、第一次上田合戦の槍の使い方への指摘や、室賀正武の描き方が評価されていること、地元の盛り上がりに加え、主演の堺雅人さん自身もまた高評価されています。要はこのドラマの企画そのものが、うまく軌道に乗っているわけで、私もこの大河の、これらの評価には同意できます。堺さんへの高評価は、「相手をどう引き立たせようかというお芝居の感覚が鋭く、滑舌がいい」とのことですが、個人的には「滑舌がいい」のもさることながら、話し方に一種独特の雰囲気があるのが、信繁のキャラ設定に一役買ったのではないかと思っています。

無論この時点では、まだ最後の方の展開はわからないわけですが、これに関して屋敷氏いわく
「ただ、作家さんは書き進めるうちに、不思議と『これしかない!』という展開に帰結するものです。自分が手がけたキャラクターたちなので愛情がこもっていますし、演じる側もそこに大きなズレがあると違和感がありますから、きっとそういう行動しかしないだろうと、誰もが納得する展開になるはずです。みなさんも毎週欠かさず見て、ラストの描かれ方にハマってほしいなと思います」
というわけで、PRもばっちりなされています。元々『真田丸』は、PRにお金を使っているなと思われる所がありますが、これも制作サイドのプラン通りということでしょう。

その屋敷氏に加え、有働由美子氏のコメントも一部ご紹介しておきます。三谷氏は某紙のコラムで、有働氏のナレーションをと褒めつつも、元々は『国盗り物語』の中西龍氏の”語り”がイメージにあったとのこと。そこで有働氏も中西氏のアーカイブスを聞いてみたりしたものの、どうしてもそうはなれず、腹を括って声を出すようにしたところ、自分の声に色がつくようになって来たとのことでした。しかし実際有働氏の声と中西氏の声は、女性と男性という違いのみならず、かなりイメージが異なるかと思います。所謂「ナレ死」の時などは、あの独特の語り口が活かされたとは思いますし、あとこの大河はアバンがなく、OPの後に前回からの説明があるわけですが、その時の「有働節」は印象に残りました。

飲み物-パブのビール2
[ 2020/08/28 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

ニッコームック『真田丸』完全読本のインタビューに関して その1

前から折に触れて書いてはいますが、ニッコームックの大河ドラマガイドブック(完全読本)の比較に関して。まず『真田丸』からです。このニッコームックを初めて購入したのが、この2016年放送の『真田丸』からなのですが、理由としては、NHKのガイドブックとは趣の違った編集、構成に加えて、ストーリーの用語解説が豊富なのも挙げられるかとは思います。無論中には、そこまで説明しなくてもいいと思われるものもあるにはありますが。

このニッコームックの大河読本の構成ですが、大雑把に説明すると、まず松平定知氏のゆかりの地巡り、キャストのインタビュー、時系列ごとの大河を知る10のキーワード、ストーリーダイジェストと続き、その後が脚本家やプロデューサーのインタビューとなっています。さらに登場人物のおもしろエピソード、大河絡みの史跡に続いて地元の名物が紹介されていますが、今回主に書きたいのは、この脚本家やプロデューサーといった、意思決定に関わるスタッフのインタビューです。

まず脚本の三谷幸喜氏。信繁を主人公にした理由として、敗者に惹かれること、しかし滅びの美学にはしたくないことが述べられており、さらにきりがある意味狂言回し的な存在であることや、可能な限り史実に近づけたいと言ったことも語っています。この時に、通常の大河よりも軽妙でユーモラスなシーンが多くなっている点への言及がありますが、それについては後述します。
またこのインタビューでは、信繁の人生を描く以上、やはり講談の幸村でなく信繁でないといけない、また基本的に傍観者であるといったことにも触れています。この辺りが『大河・真田昌幸』のイメージを抱かせる一因であるように思えます。加えて、信繁の観ていないことは描かないというルールを適用しているともあり、それゆえの「超高速関ヶ原」であったわけです。
またこれは三谷氏自身の体験が大きいのですが、信繁に近い人々や出来事は丹念に描き、家族団らんツールとしたいとも話しています。無論今の時代、これは実現できそうでしかしできないことでもあるのですが、ご本人の希望としては復活してほしいとのこと。

そして制作統括の屋敷陽太郎氏。『新選組!』が取り持つ縁で今回も一緒であること、最近の学説を積極的に採り入れることなどに加えて、以前三谷氏のコメントとして取り上げた、「天下取り」とは実は後付け理論で、武将たちは参日を必死に生きていたということもここで語られています。また異分野、たとえば高木渉さんのような声優とか、栗原英雄さんのように舞台メインの人を参加させる意義があることとか、大河ドラマはその時々で斬新なことに挑戦して来たからこそ、50年以上も続いて来たことなども述べられていますが、ただ問題は「どのように」斬新であったかであり、中には残念ながら、斬新の意味をはき違えた作品もあったと言えます。

あとチーフディレクターの木村隆文氏のインタビューでは、氏族ごとのカラーを演出、コミカルなシーンの撮影、気持ちの変化に対する表現法の難しさなどが出て来ます。気持ちの変化というのは、三谷氏の場合会話に含まれてしまうことがあるため、誰がどのように気持ちを変化させたかを、しっかり表現しておかないと、辻褄が合わなくなる由。コミカルなシーンに関しては、三谷氏自身がこのように話しています。
「ドラマの雰囲気は、僕が書くこともあって、通常の大河ドラマよりも軽妙でユーモラスなシーンが多くなっているかもしれません。(中略)歴史上の人物も泣いたり怒ったり笑ったりするわけで、彼らを人間として描いた結果、ユーモラスな場面が増えるということなんです」
「ふだん喜劇を専門につくっているので、僕の作品だというと、どうしてもおふざけのイメージが先行するようで、『新選組!』も史実を捻じ曲げているというというご批判をいただきました。でも、僕はそのように書いたつもりはなく、できるだけ史実に近いかたちのなかで、自分の想像力をふくらませて1年間ドラマを描いたという記憶しかありません」
実際、如何にもな三谷カラーはありましたし、片桐且元のパワポ地図と思しきものも出て来たりするのですが、ただ『清須会議』とは一線を画していたとは思います。

その他にも音楽の服部隆之氏や、題字の狭土秀平氏のインタビューもありますが、意思決定とはまた異なるのでここでは割愛します。おしなべてこの『真田丸』スタッフのインタビューに関しては、三谷カラーをどう捉えるか、「斬新」とは何であるのかなどやや疑問と思われる点もありますが、その他は概ね同意できるものでした。尚、これは前編のインタビューであり、後編にも一部スタッフのインタビューがありますので、それはまた改めて。

飲み物-チューリップグラスのビール
[ 2020/08/27 00:25 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『若い人』その3

ここのところやや不調というのもありますが、このブログの投稿で、後からいくらか修正をしていることがありますので、その点、悪しからずご了承ください。では『若い人』その3です。

この作品のアウトラインを述べて行きます。江波は作文のみならず、絵画にもかなり天才的な物があります。そういった部分に驚きつつも、橋本の知的な雰囲気にも惹かれて行く間崎でした。また女学校ということで、様々な女性の先生も多く、それぞれの人物像が細かく描かれています。そのような中、間崎は靴の中に走り書きの手紙を見つけます。

それは江波の手紙で、寮を出て通学する旨が簡単に書かれています。かつて江波は、間崎に挨拶しないという宣戦布告のような手紙をよこしていたのですが、今度は自分の作文を橋本先生がどのように評価したか、それを教えてくれれば挨拶をするとまで書いています。しかもその時、当の江波の体操服姿を間崎は目にします。彼女はバスケットボールをしていたのです。しかもそのボールがこちらに転がって来て、間崎はそれを蹴返そうとしてひっくり返ってしまい、橋本先生に肩を借りるはめになります。どうも間崎は江波の前ではあまりいい格好ができないようで、他の生徒たちはくすくす笑っていますが、江波は自分は笑わないと明言します。

その年の9月、文部省派遣の視学官が学校を訪れることになります。これはかつて、授業視察や教員の監督を目的に置かれた制度で、私立の学校ももちろん対象となっていました。(今も同じ名前の文部科学省の職務がありますが、内容は全然違います)ともあれ、国語科の授業の視察ということで、間崎の授業も視察されることになります。この時の授業内容は乃木大将の殉死に関するもので、授業中江波が突っ込んだ質問をします。最終的に間崎の授業は高評価ではあるものの一部批判もあり、その批判がやはり江波絡みであったことから、間崎はどこかやり場のない思いを抱きます。

上巻前半のこの辺りから、江波の存在が、間崎にかなりの影響を及ぼすようになって行きます。江波との直接的または間接的なやり取りは、橋本との間で成立する理論的な会話とはかなり違ったものでした。しかもそれに対して対処しているつもりが、どこかうまく対処出来ていないところもあり、その点を視学官からも指摘されています。この場合授業がどうこうと言うより、江波との絡みの不十分さを指摘されたことにより、間崎は落ち着かない気持ちにさせられたと考えるべきでしょう。

それにしても、この当時の女子スポーツにはバスケもあったのですね。ちなみに今はWNBAもありますが、かつてアメリカの女子バスケ選手がプレイで生活できるのは、日本とイタリアだけだったらしい。それはともかく。この間崎が転がって来たボールを蹴り上げようとして転んでしまいますが、サッカーのスライディングのようなものでしょうか。普通に手で拾って渡してもよかったのでは…。

ところで先日の投稿の、この間崎が女子生徒に人気があるという部分ですが、かの高嶋政伸さんも、この役を演じていたようです。個人的にはちょっと微妙ではあります-高島さんといえば、最近では『DOCTORS〜最強の名医〜』とか、『真田丸』の汁かけ飯が大好きな北条氏政公のイメージがあるせいでしょうか。この頃谷原章介さんが俳優としてデビューしていますが、谷原さんだとこの役はうってつけだったかも知れません。

ところで女子生徒のみならず、女性に人気があるという点で思い出すのが、『ガリレオ』の草薙俊平が所轄署から警視庁に栄転になる時、同じ署の女性警官が我先にと花束を渡すシーンです。この時草薙は内海薫にだけ話しかけるのですが、それは湯川に懐疑的な内海に対し、俺なら湯川と捜査を続けるというものでした。内海の方はといえば、日頃付き合いのある女性警官たちの態度に驚き気味です。尤も湯川の授業に女子学生が多いのも、この場合似たようなものです。

飲み物―アイスコーヒー5
[ 2020/08/19 00:30 ] | TB(-) | CM(0)

大河ドラマの中の人間関係

特に男性主人公の大河の場合、往々にしてその父、あるいは主君といった人物が人生の師となることがあるものです。しかし今年の『麒麟がくる』の場合、あまりそういう存在が感じられず、そういった点もまた、女性主人公の大河のように見えてしまう一因かと思われます。確かにこの大河には、光秀の亡父の代わりとなる存在として、斎藤道三も、明智光安も一応登場しています。

しかし道三は、最初から如何にも策士的に描かれているため、義理の甥である光秀を後継者とみなし、色々と手ほどきをしているようにはあまり見えませんでした。道三の人生そのものをじっくり描いていないせいもあるでしょう。また明智光安は如何にも頼りない雰囲気でした。またも比較になってしまいますが、『国盗り物語』の道三と光秀は、如何にも叔父甥の雰囲気が感じられたのに残念です。

小見の方がそれほど登場しなかったのもその一因でしょう。本来この人物は、もう少し夫道三と甥光秀をつなぎとめる、楔のような存在として描かれてもいいはずでした。しかし実際は、望月東庵を出すための病人として何度か登場したのみにとどまり、所謂「ナレ死」で、その存在感の薄さが気になりました。

無論信長サイドでも、本来はもっと大事な立ち位置であるはずの平手政秀が、さほどでもなかったのもどこか引っ掛かりました。さらに、上杉祥三さんはあまりこういう役に向いていないなとも思いました。この平手政秀を含め、傅役や乳母、侍女など、主人公の人格形成にかなり重要と思われる存在があまりいないという点も、いささか「らしからぬ」印象を与えたといえます。

こういう点は『軍師官兵衛』も『真田丸』もきちんと描かれてはいました-『真田丸』の場合、父親は反面教師的な側面もありましたが。また戦国ではありませんが、『平清盛』で、中井貴一さん演じる清盛の養父忠盛もまた、清盛を棟梁にした辺り、血のつながりはなくても一門を託すという決意が見て取れました。もちろん幕末大河の『龍馬伝』、『西郷どん』しかりでしょう。前者は結構乙女も龍馬を鍛えており、後者は吉之助は斉彬の家来というより弟子といった格好でした。

ところでこの中井貴一さんですが、『鎌倉殿の13人』に出てほしいなと思っています。三谷さんの作品にも出ていますし、前出『平清盛』を最後に大河出演がありませんし、どうも『雲霧仁左衛門』と『サラメシ』の印象が強くなっているように感じられますので。その場合の配役ですが、北条時政の役など意外と似合っているのではないでしょうか。

飲み物-ロックグラスカクテル
[ 2020/08/14 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河について思いつくままに 続き

先日衣裳に関して書いていますが、その続きです。『麒麟がくる』の足利義輝が、甲冑姿でもないのに鎧直垂のような衣裳を着けているのも、『いだてん』の大森安仁子が、20世紀に入っているのにバッスル姿というのもおかしなものですし、こういうのが、大河がスタッフの「道楽」化していると考えざるを得ない一因となってもいます。無論こういうのはストーリー展開にも表れています。
一方で、これならまだ許容範囲というのもあります。無論これは人様々ですが、たとえば『真田丸』の「オネエかつMの明智光秀」や、「狂信的な細川ガラシャ」などは比較的斬新でもありました。このような言い方が適切かどうかはともかく、通常の大河でとかく美化されて描かれる人物を、それとは違った方向から見るというのは、ありきたりな雰囲気から解放されるという側面もあるものです。

これに関しては以前今年の主役を、いくらか悪役風に描いてはどうかと書いたこともありますが、やはり大河の主人公でそれは難しいでしょうか-『葵 徳川三代』の家康などはかなり狸のイメージで描かれてはいましたが。
今年の場合はその逆に、本能寺から逆算せずまっすぐなイメージで云々とあったわけですが、寧ろこちらの方が、どうにかして光秀を悪人にしたくないという思惑が見て取れて、ステレオタイプな印象を受けるには受けます。いや最初はまっすぐなイメージでもいいのですが、年齢と共に腹黒くなって行く描写があってしかるべきでしょう。『国盗り物語』だと信長への憎悪が強くなり、いくらか自嘲気味になって行ったわけですが。
それとは別に、『風林火山』でそれまでの今川義元を違った印象で描いた、あれはなかなかよかったと思います。これは『軍師官兵衛』の荒木村重も似たようなものでしょう。

ところでNHK福岡で、クラスターが発生したようです。これまでも個人レベルで感染したことはありますが、先日の連休の影響もあるかと思われます。渋谷の方は大丈夫なのでしょうか。

飲み物ウイスキー
[ 2020/08/03 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

大河について思いつくままに

まず先日のラグビー関連、ジョセフHC来日の際の待期期間と書いていますが、これはジョセフHCではなく、南アフリカ出身の代表選手が来日する場合の隔離に要する期間のことでした。訂正しています。

ところでドラマなどの映像作品で、「エピソード0」というのがあります。要は「前日譚」のことで、本編より時系列が前の時代を舞台にした作品をこう呼んでいます。また時系列を一旦リセットして新しいシリーズを作る場合は、リブート作品となります。この「エピソード0」ですが、いつだったか、『風林火山』が『真田丸』のエピソード0というのを見た記憶があります。真田家つながりという点で考えた場合、確かに真田昌幸の父である幸隆が登場してはいますが、これもいささか乱暴だなとは思います。ついでながら、『国盗り物語』を『麒麟がくる』のエピソード0としたコメントだかツイだかを見たこともありますが、これは斎藤道三に主眼を置いた場合に限られますね。そもそもこの両者では、道三の描き方は違うはずですし。

それから以前、『麒麟がくる』足利義輝の直垂と『陸王』坂本太郎のコーディネーションで、袴の裾に括り紐があるのは、鎌倉時代以前を除けば鎧直垂であり、大相撲の行司がそれに近いのを着ているといったことを書いています。というか、明治時代になって、行司の服装は烏帽子に鎧直垂と決められたようです。江戸時代の行司は裃を着て裁いていましたが、その後服装に関する規定が改められ、あの装束になりました。

大河の衣裳がちょっとおかしく感じられるのは、実は戦国期の場合はほぼ毎度のことであり、特に衣裳そのものがおかしくなくても、武士が出仕する時の素襖と、肩衣袴(裃)がいつ切り替わるのか、その点に興味を覚えつつ観ていることもあります。こんなわけで、必然的に衣裳に目が行きやすい時代設定と言うこともできます。『おんな城主 直虎』では、あの時代ああいうパッチワーク風な打掛は早すぎるのではないかということ、今川家の家臣がメタリックな肩衣を着けているのに、違和感を覚えたこともありました。(そもそも天文年間の肩衣はちょっと早いようにも思います)

無論戦国期でなくても同様のことが言えます。たとえば昨年の『いだてん』も、明治の終わりなのに所謂モガ的なスタイルが出て来る一方で、その当時は最早流行していなかったはずのバッスルスタイルが出て来たり、何とも奇妙なものでした。あと『西郷どん』の鈴木亮平さんの白絣はよかったのですが、『篤姫』の西郷吉之助が、ステレオタイプな感じの紺絣なのも疑問でした。そもそも『篤姫』の場合、西郷と大久保は小松帯刀の引き立て役のような感じもしましたね。

それでもやはり、昨年は今年のような蛍光色が登場しなかっただけ、衣裳の点ではまだよかったかと思ってはいます。近現代ですから、浅草界隈の人々を除いて、それほど派手派手しい色を着ているわけでもありません。無論それ以外の演出に関しては、これはどうかと思われるところが多々あり、それが途中で視聴を止める一因となりました。しかし衣装といい、演出といい、制作サイドの道楽かと思われる部分は、作品にもよりますが結構目につきます。課金制にしてくれと言いたくなる所以です。

大河といえばラッピング列車というのがあります。PR効果狙いで、毎年のように様々な形でのラッピングが施されていますが、再来年の『鎌倉殿の13人』は、江ノ電のラッピングなどというのは実現するのでしょうか。多少期待したくはあるのですが。

そろそろガイドブック(ニッコームック)について書こうと思っています。

飲み物-カウンターとカクテル
[ 2020/08/02 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
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『西郷どん』復習の投稿をアップしている一方で、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも再来年の大河が始まる前に、三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、日本でのワールドカップで代表は見事ベスト8に進出しました。これを機に、今後さらに上を目指してほしいです。そのためには、国内のラグビーももっと変わってしかるべきでしょう。

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