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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
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西郷どん第36回感想続き

先日のウィリアム・ウィリスの手術について書いておきます。この当時麻酔は『西郷どん』にも登場するクロロホルム、あるいはジエチルエーテルでした。ただし後者は引火しやすく危険であり、咳が出やすいというデメリットがありました。またクロロホルムの麻酔で、ビクトリア女王の無痛分娩に成功したことなどから、クロロホルムが広く利用されるようになったといわれています。しかしこのクロロホルムは毒性が強く、血圧や内臓に影響したり、発がん性物質であったりすることから、ジエチルエーテルに取って代わられるようになります。今の日本では、この両方とも麻酔薬としては使用されていません。

ところでウィリアム・ウィリスについてですが、元々は英国公使館の医師であり、生麦事件の英国人負傷者の治療をした人物です。また、唯一殺害されたリチャードソンの検死もこの人が行っています。さらに慶応2(1866)年、パークスが薩摩に招待された時に、このウィリスも一緒に招待されています。かつての生麦事件で争った相手と、この時再会したことになります。その後パークスと共に登山もしていますし、アーネスト・サトウとも交流がありました。無論本業の医師としても活躍し、鳥羽伏見の戦いのみならず、北越戦争にも赴いて博愛精神を説き、旧幕府軍の兵の治療にも携わっています。さらに東大医学部や鹿児島大医学部の創始者でもあります。

その後も日本のみならず、タイでも医学を広めています。ところでこのウィリスが医学を学んだのは、エジンバラ大学医学部でした。ここまで書けばおわかりの方もいるかと思いますが、かのアーサー・コナン・ドイルと同じです。ただし年齢的には、ウィリスの方が20歳ほど上です。元駐日英国大使のヒュー・コータッツィ氏の著作には、ウィリスに関する物もあります。ところでドラマの中ではかなりスリムですが、実際のウィリスは身長190センチ、体重が130キロ近くあったようです。その当時の日本人から見ればかなりの巨漢でした。この人物にはその他にも多くのエピソードがあり、日本に於ける近代医学の貢献者ともいえます。

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[ 2018/09/26 01:30 ] 大河ドラマ 西郷どん | TB(-) | CM(0)

直虎と南方仁 12

今回はストーリーよりは、医学的な面に言及したいと思います。かなり後になるまでそうでしたが、たとえば戦や辻斬り、そして第12回の直親一行のように、襲撃で刀傷を受けた場合、その傷がもとで死に至るよりは、失血死であったり、損傷した部位によっては、外傷性ショックで落命したりすることの方が多かったようです。無論死因によっては、中枢神経の破壊というケースもあります。そういえば橘恭太郎は、硬膜下出血でしたね。

そしてこの当時は破傷風もありました。戦国時代はもちろんのこと、幕末もまだ微生物学が確立していない時代のため、細菌が人体の、特に傷口から体内に侵入した場合に起こすこの病気への対策がなく、恐らく戦場などではこれで死んだ人たちも多かったのではないかと思われます。『JINー仁ー』で、仁が野戦病院のシーンでしたか、破傷風を防ごうと苦心するところがあったと思いますが、それを見ても、この当時の医療事情が窺えます。

そして次郎が病気になります。流石に真冬(旧暦の12月末)に水垢離というのは、年齢的に若くはあっても体にこたえます。恐らく風邪をこじらせた、あるいは肺炎に近い症状と思われます。湯気を出して湿度を保たせるようにしていたのはそのためでしょう。しかし3日間寝込んでいて、すぐあそこまで立ち上がれるのかと思いますが…一応これは酒井シヅ氏の監修だから、それはありえるのでしょうが、やむにやまれず乳母のたけが肩を貸したという設定でもよかったかと思います。

そしてこの第12回、小野政次が今川氏真の命により、虎松の後見を引き受けると言い始めたため、祐椿尼は南渓和尚の所へ相談に行きます。次郎の城主就任には、この母上の力が大きく働いているといえます。母と娘という点で、橘栄と橘咲の関係を思い出しますが、何せ寺育ちで世情に疎く、しかも中野の息子や奥山の弟が、どうにも現時点では小物臭がしてしまいます。彼女をサポートする補佐役が必要になって来ます。そこへ現れたのが、「あの男」なのですが…。

しかし今後、ますます小野政次の動向が気になって来ます。この人が最終的にどうなるかがわかっているだけに、その過程がどのように描かれるのか、興味深いです。彼の黒さも、実は理由があってのことであり、その意味では正に、彼は父和泉守を踏襲したともいえます。パペットホームズのホームズは、
「すべての物には裏がある」
をよく口にしますが、正にこの黒さにも裏があるのでしょう。

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[ 2017/04/02 01:45 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

当帰と川𥫤と淫羊霍

『おんな城主 直虎』の第8回、「赤ちゃんはまだか」に登場した漢方薬についてです。昊天が勧めた薬草には、
当帰
川𥫤
淫羊霍
があります。この当帰や川笈はいずれもセリ科の植物で、女性疾患や不妊に効果があるとされ、エキスが化粧品に用いられたりもしているようです。そして淫羊霍というのは、実はイカリソウのことです。この草を食べた雄羊が、精力がついたからという言い伝えにちなむらしいのですが、ちょっと驚く名前ではあります。

しかし昊天は、こういうのは既に試しているかもしれないと言い、それ以外の薬となれば、唐渡りで入手が難しい麝香となります。この麝香は香嚢から分泌されるもので、本来はジャコウジカのオスが、メスを引き寄せるために発散するものだったようです(異説あり)。今のような手術も排卵誘発治療もない時代、しかも多くの子供が求められる時代においては、薬を工夫するか、精のつく物を食べるという方法しかなく、なかなか大変であっただろうと思われます。

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[ 2017/03/02 01:00 ] 大河ドラマ おんな城主 直虎 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編2 蘭書翻訳取締令とヅーフ・ハルマ

第3話では、安政地震と共に、蘭書翻訳取締令による蘭方への規制が登場します。この年は安政2年(1855年)で、この取締令が出てから既に6年が経過していました。これは何かというと、幕府による蘭方への規制です。これにより、奥医師からも蘭方医が消え、以後伊東玄朴の台頭までこれが続きます。また、リンク先にもありますように、医学書は漢方医師の機関である医学館の許可を得ないと出版できなくなりました。このため、漢方医がこの取締令に絡んでいるともいわれています。これで蘭方医は、外科と眼科関係以外の治療は行えなくなりました。

良庵が遊郭の主人に、自分は内科の診察が出来ない、だから十三奴を診ることが出来ないというのはそのためですし、漢方医の猪河玄昌が、西町奉行所与力の品川雄二郎を連れて来るのも、良庵がいわば掟を破って投薬をしたからでした。この猪河玄昌は、良庵を完全に見下しており、お前のいうことなど聞く必要はないとばかりに、真田虫のせいであると言い張って、虫下ししか与えないため、十三奴は死亡します。

しかも医師でありながら、天命であるなどと言ってのける猪河に、良庵は怒りをあらわにします。そして、十三奴の死因が本当に炎症であるかを確認するために、腑分けを願い出ますが、取り合ってもらえず、適塾の塾生が腑分けするならということで、内々に許可が出ます。そして、案の定、腸内に膿がたまっているのを発見します。しかし開国により、この取締令はあまり意味をなさなくなって行きます。

この『陽だまりの樹』、次の回ではいよいよ適塾とヅーフ部屋が登場します。ヅーフ部屋とは、当時の蘭日辞典であるヅーフ(ドゥーフ)・ハルマが置かれた部屋のことで、この辞書が貴重品であるため、塾生たちは、単語の意味を調べる際には、この部屋にやって来て、必要な部分を書写していました。

実はこの辞書が出来た一因には、ナポレオン戦争があるといわれています。これは18世紀初頭、長崎の商館長(カピタン)として赴任していたヘンドリック・ドゥーフが、ナポレオン戦争により帰国できなくなった時期に、この辞書の編纂に着手したためです。あと、ナポレオン戦争による余波がもう一つあるのですが、それは次の番外編に回すことにしましょう。

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[ 2015/05/27 23:38 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『陽だまりの樹』番外編1 脚気と種痘

このドラマの第1話と第2話では、対照的な2人の主人公が描かれています。番組サイトの表現を借りるのであれば、義の万二郎と情の良庵です。万二郎は藤田東湖から聞かされた「陽だまりの樹」に感銘し、朽ちて行く木を支える最後の支柱になることを決意します。一方女遊びばかりしている良庵先生も、医者としての大義は持ち合わせており、漢方医には対抗心を剥き出しにして、将軍の脚気すら治せないではないかと悪態をつきます。大坂ではどのようなことになるのでしょうか。

さてこの脚気ですが、『JIN -仁-』の完結編にも登場します。この時は仁がドーナツを作り、脚気を患う栄に食べさせて、ビタミンB1(チアミン)を補給させようとします。この脚気という病気は、元々は白米食の多い江戸で広まり、ひどい時には衝心性脚気(脚気心)となることもありました。この状態になると大抵生命が危ぶまれることになります。このチアミン摂取に貢献したのが、鈴木梅太郎博士であり、海軍軍医の高木兼寛であったわけです。高木兼寛は、明治になって有志東京共立病院を設立し、戸塚文海を院長に迎えました。

この戸塚文海は、幕末の蘭方医戸塚静海の養子で、静海は種痘所の設立にも協力しています。高木兼寛はその後、東京慈恵病院を建て、そこの院長となりました。今の、東京慈恵会医科大付属病院の前身です。また軍医として、兵食の改善に努めた人でもありました。いわゆる「海軍カレー」も、脚気対策のためであったとも言われています。息子の喜寛も、父と同じ医学の道を歩みました。ちなみにこの高木善寛は、日本ラグビーフットボール協会の初代会長でもあります。

このドラマの時代は、蘭方にかなりの制約がかかっており、外科と眼科関連以外は、すべて漢方医の手に握られていました。そんな中での種痘所作りは並大抵のものではありませんでした。良庵はこの件で、反対勢力である多紀一派に、「種痘とはエゲレスのジェンナーて医者が作った予防法だ」と啖呵を切っています。以前ポンペについて触れましたが、ポンペの長崎でのコレラ治療の際も、色々制約があったようです。漢方医は蘭方もさることながら、それに伴って入ってくる西洋の思想にも、また警戒心を強めていた感もあります。

ところでポンペは「医者はよるべなき病者の友である」「病人を救うのは医師としての義務である」と語っていますが、幕末にタイムスリップした仁先生は、時に戸惑いつつも、確実にそれを実践しつつあるように見えます。適塾に向かった手塚良庵先生も、そうなってくれるのでしょうか。

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[ 2015/05/24 01:04 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

幕末医学事情3 長崎医学伝習所

前回、ポンペについて触れました。このポンペは元々オランダ商館付の医官で、幕府が長崎に設けた海軍伝習所の一室で医学教育を行っていましたが、この「医学校」の立場はなかなか微妙でした。幕府が運営しているのかというとそうでもなく、無論海軍伝習所付属というわけでもないわけです。位置づけとしては、海軍伝習所の医師である良順がポンペに頼み込んで作った医学塾とでもいえばいいのかもしれません。ただし長崎奉行の許可を得ており、奉行所がここの面倒を見てくれることになりました。また商家からの寄付もありました。ちなみに長崎は天領ですから、大名が存在せず、奉行がこの地域の行政を取り仕切る仕組みになっていました。

良順は、日本の蘭方がきわめて断片的であることに気付いており、ポンペに教授を依頼したのはそのせいであるといえます。本来であれば、系統だった医学教育を行うために、それぞれ専門の教授を招聘しなければならないわけですが、当然それだけの余裕はありません。従って、ポンペが一人ですべての教授を行うという、かなり超人的なことをやってのけたわけです。このポンペ在任時には、日本初の洋式病院も建設されています。もちろん安政のコレラ(コロリ)大流行の時も、良順が感染したこともあって、ポンペが獅子奮迅の働きをしたともいわれています。この時は当然仁先生はいませんから、キニーネでの治療が主流でした。この時に緒方洪庵が発表したのが『虎列剌治準』です。

なお、『陽だまりの樹』の手塚良庵も同時代の人ですが、この人は適塾に学び、自腹を切って種痘所を作った人でもあります。この種痘所は後に幕府の手により、西洋医学所となりますが、攘夷に明け暮れたこの時代に、幕府がこのような機関を作ったというのはかなりの決断を要したといえます。種痘所時代に火災に遭った後、『JIN -仁-』に登場する濱口梧陵から資金援助をしてもらって再建しますが、この時代、長崎の医学所に資金を提供した小曽根乾堂共々、医学に貢献した商人の代表格ともいっていい人物です。また、そのような空気が日本の社会にあったというのも事実でしょう。

薬とスプーン
[ 2015/05/15 01:05 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

幕末医学事情2 ポンペと陽だまりの樹

先日分の補足のようになりますが、松本良順が西洋医学所を改革しようとしたのは、ひとえに自分が長崎で学んだ、ポンペ・ファン・メールデルフォルト(以下、ポンペ)の体系的な医学教育を行うためでした。それまでは蘭方といっても、外国の大学で教えるような体系的な物ではなく、漢方同様、しかるべき医者の塾などに弟子入りして、蘭書購読を中心に勉強する方式でした。しかしポンペのやり方は、基礎医学に始まって物理学、化学、生理学、解剖学から内科学、外科学に至るまでを講義する方法で、これを聞いた緒方洪庵は、自分の息子たちをこのポンペの元で学ばせ、また長与専斎もポンペの元で学んでいます。また、これによって緒方洪庵は、自分の役目は終わったと言ったともいわれています。

無論良順が頭取になったのは洪庵の没後ですが、伊東玄朴はこれに不快感を覚えていたようです。何事につけ栄達欲の強い玄朴にとって、良順のような本格的な西洋医学を学んだ医師を認めることで、自分の立場がなくなるという焦りを感じていたという指摘もあり、この点、玄朴と洪庵の人物としての違いもまた窺い知ることが出来ます。元々本道(内科)の漢方、外科の蘭方といわれていて、それゆえ仁先生の手術の巧みさは、彼が蘭方医であると当時の人々からみなされる一因となりました。無論実際には蘭方医ではありませんが、この幕末の時期、漢方でなければすなわち蘭方であったのでしょう。この時代の蘭方医には、手塚治虫氏の曾祖父に当たる手塚良庵もいます。この人物は『陽だまりの樹』という作品に描かれ、アニメ化やドラマ化もされています。このアニメで良庵の声を担当したのが、パペットホームズのホームズ役の山寺宏一さんです。この漫画も『JIN -仁-』同様、幕末医療漫画として有名です。

ホームズが出て来たところで、先日も書いた原作のホームズにもう少し触れておきます。『瀕死の探偵』という、ホームズが仮病を使う作品がありますが、その中で「タパヌリ熱」とか「黒爛病」などという病名が登場します。もちろんこれはホームズが勝手に作った病気なのですが、当該作品の英語版ウィキでは、タパヌリ熱はmelioidosis(類鼻疽)とされています。黒爛病というのは、Black Formosa Corruptionのことで、文字通りに訳すると「黒い台湾の腐敗」ですが、これを黒爛病と訳したのは名訳です、ちなみに「爛」は「ただれ」の意味ですね。実際当時の台湾は風土病が多く、日本が統治することになって、八田與一さんという方がダム建設で出向いた際もマラリアに感染しています。この八田氏についてはこちらの後の方で触れています。このブログのテーマに即していえば、『JIN -仁-』の主役、『花燃ゆ』の小田村伊之助役の大沢たかおさんが、台湾映画『KANO』でこの人物を演じています。ちなみにこの映画は台湾で大ヒットしています。

手術道具 
[ 2015/05/13 00:18 ] ドラマ 陽だまりの樹 | TB(-) | CM(0)

『JIN -仁-』第3回記事の訂正について

記事中、喜市に注射でORSを投与と書いておりましたが、すみません、生理食塩水の誤りでしたので訂正しております。

ちなみに1858年、安政5年の西日本を中心とした大流行は事実ですが、この江戸のコレラ大流行については諸説あるようです。1858年の場合はパンデミックと呼ぶべき流行だったようですが、実はこの少し前に、ヨーロッパでコレラ菌が原因ではないかという声がありました。しかしその当時はまだ微生物学が発達しておらず、コレラ菌によるものと特定されるまで30年の月日を要しました。日本の幕末と明治維新はこの30年間にほぼすっぽりはまるため、コレラはコレラ菌によるものという概念がまだありませんでした。その後明治20年代になって、コッホに師事した北里柴三郎により、血清療法が開発されるに至ります。
[ 2015/05/09 20:36 ] ドラマ JIN ー仁ー | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ-9と『世に棲む日日』

春爛漫といった感じの陽気ですね。昨日の放送分では、コレラ騒動はやはり萩がメインでした。どちらかといえば、親を亡くした女の子との交流というか、面倒を見てあげるという描写に時間を割いていたようです。文がやはり主人公だから、そう描かれるのでしょう。しかし富永有隣という人は、子供から怖がられそうな人だと思うのですが、あの子ちゃんと手習いやっていましたね。それにしても、人家内で爆弾の実験というのはちょっとどうかと。一方で、夫の久坂玄瑞は萩を去り、そして世に言う安政の大獄が始まるわけで、松下村塾を取り巻く状況も厳しくなり、やがて松蔭に終焉の時が訪れるわけです。

この大河を観ていて、かなり前に読んでいた司馬遼太郎氏の『世に棲む日日』をまた読みたくなりました。全四巻で、松蔭と高杉を軸に、当時の長州藩の様子が事細かに書かれています。もちろん椋梨藤太、梅田雲浜、周布政之助に伊藤利輔、品川弥次郎、そして文も登場するため、このドラマの原作とはいえないにせよ、人物関係をつかんでおく上でも、読み直してみたいと思います。ちなみにこの作品は、1970年代に放送された『花神』の原作の一部です。このドラマのDVDもあるので、レンタルしようかと考えています。

植物-桜2 

[ 2015/03/30 23:06 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)

花燃ゆ-8

桜が咲き始めました。さてドラマでは久坂玄瑞と文の祝言が執り行われたわけですが、直後に久坂は江戸留学となってしまって、文は新婚生活もろくに楽しめないまま、夫を送り出すことになるわけで、何だかちょっと寂しいですね。しかし久坂玄瑞は、結局髷結わなかったのですね。あの総髪に裃というのは、ちょっと違和感があるのですが。

さて、いよいよ安政の大獄が始まるわけで、結局松陰もこれに巻き込まれ、最後は小塚原の刑場で、罪人としてその生涯を終えることになるわけです。幕末の動乱というのはいくつか段階がありますが、その発端となったのがこの安政の大獄であるともいえるでしょう。その後井伊直弼は桜田門外の変で水戸浪士に暗殺され、京都に新選組が駐留する一方で、長州は倒幕に向けて幕府との対立を深めて行きます、その前に、松陰の遺志が塾生に引き継がれ、彼らが英国公使館を焼き打ちにするという事件も起きます。何か時代の狂気を感じさせます。しかし髙橋秀樹さんが井伊直弼だと、どうも善人ぽく見えますね。このドラマとしては、井伊直弼はどちらかといえば悪役なのですが。

ところで、来週はコレラ騒動があるようです。上海で猛威を振るっていたコレラが長崎に上陸し、またたく間に多くの患者が出て、オランダ商館付の医師だったポンペ・ファン・メールデルフォルトが八面六臂の医療活動を行い、当時長崎の海軍伝習所の教官をしていた松本良順が、それを支えたといわれています。当時はキニーネがコレラの特効薬とされていたため、キニーネが払底したという話もあります。ちなみに大坂でも患者が出て、適塾の緒方洪庵もこのために奔走していました。その辺りも次回は登場するのでしょうか。

桜1
[ 2015/03/23 23:40 ] 大河ドラマ 花燃ゆ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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