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ベイカー寮221B/Baker House 221B

パペットホームズ、大河ドラマなどの好きなテレビ番組やラグビーについて書いています。アフィリエイトはやっていません。/Welcome to my blog. I write about some Japanese TV programmes including NHK puppetry and Taiga Drama, Sherlock Holmes and rugby. I don't do affiliate marketing.
ベイカー寮221B/Baker House 221B TOP  >  八重の桜

アンコール大河絡みで考えたこと 続き

先日の『江』に関してもう少し。『葵 徳川三代』の場合、徳川三代に加えて、浅井三姉妹が本筋に絡んで来ていると書きましたが、『江』も徳川サイドをメインに描いていれば、江がやたらにあちこちに出て来るというのは、ある程度防げたのではないかと思います。特に私の場合、女性主人公の大河に関しては、男性サイドにもう少し尺を取る描き方をした方が、大河としてもう少し格好がついたのでは考えるせいもあるでしょう。

またこの頃から女性を主人公にする動きが出て来て、しかも『篤姫』がヒットしたせいで、言っては何ですが二匹目の泥鰌狙いということもあったかと思います。しかし『篤姫』の場合は、江戸時代末期の大奥という、一種独特の人間関係に縛られた空間の住人、それも女主人と呼んでいい立場だったこと、そして薩摩出身ということなどによる相乗効果もありました。寧ろこのような後宮的なイメージがあったのは、『江』ではなく『平清盛』の方でした。

『江』は別に女性主人公大河でなくてよかったと思います。『天地人』の後の戦国物で、しかも『龍馬伝』の後だから、女性を主人公に(『天地人』もいわば夫婦大河でしたが)という思惑もあったとは思います。ただ女性主人公は『八重の桜』まで待ってよかったのではないでしょうか。無論これは東日本大震災後に決まった企画ですから、その辺りの見通しは難しかったと思われます。ただこれは何度か書いていますが、何も隔年で女性主人公をやる必要もなかったと思います。

たとえば2011年に男性の戦国大河、2012年に『平清盛』、2013年に『八重の桜』でもよかったと思うのです。そしてその3年後くらいに、また女性主人公で今度は戦国をやる、こういうパターンでよかったのではないでしょうか。実際『葵 徳川三代』の翌年は『北条時宗』で、その次が戦国物で夫婦大河の『利家とまつ』でした。この当時はまだ平安・鎌倉時代物が見られましたが、最近はそれもあまり登場しなくなりました。

この時代はあまり馴染みがなく、視聴者離れを招きかねないのが大きな理由と思われます。時代背景は面白いと思いますが、大河化するならそれに見合った作り方をしなければならないでしょう-源氏三代とか、北条氏の執権体制後の鎌倉幕府などもありでしょう。『北条時宗』は北条時輔(時宗の異母兄)が元帝国へ渡って、マルコ・ポーロと会話までしていたのはやや抵抗がありました。渡部さんは『毛利元就』の時の方が好きでした。

しかし大河にせよ他のドラマにせよ、はたまた映画にせよどうしても好き嫌いというのは出て来てしまうものだなと思います。全面的に嫌いとか否定するというのは、あまりやりたくはありません。ただこれは誰にもありがちなことだとは思いますが、大河とかドラマを観ていると、やはり好きな作品の方に甘くなるという傾向が出て来ます。一方で嫌いな作品の方に批判点を多く見出すこともあります。そのような見方について、改めて書けたらと思っています。

飲み物-コーヒー 
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[ 2019/04/16 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『いだてん』コラムに思うこと-2

すみません、今回もラグビー関連投稿は1日遅れになります。先日の武者さん関連の続きです。

その後ラザロの最後を描かなかった『いだてん』には魂があるとか、司馬遼太郎氏の作品は高度成長期にはよかったが、今はそんな時代ではないといった記述があり、さらにこうあります。

しかし、そんな時代を見てこなった年齢層は、辛い歴史に翻弄される人物の方が、共感を持って受け止められるようになって来ました。
2011年『平清盛』
2013年『八重の桜』
2016年『真田丸』
2017年『おんな城主 直虎』
こうした作品は、評価が割れました。
言いがかりのような、ひどいバッシングもあったものです。(原文ママ)

まず疑問なのですが、大河の主人公になるほどの人物はどういう形であれ、多くが辛い歴史に翻弄されています。何もこの4名に限ったことではありません。この4作品が自分の好きな作品であるから、リストアップしているだけなのではないかと思われます。そしてその言いがかりのようなひどいバッシングということですが、

「日本はもっと綺麗であったはずだ! 武士が汚らしいとはけしからん!」(『平清盛』)
→源平時代に清潔感を求めてどうするのよ。
「負けた側の話なんて見たくない!」(『八重の桜』)
→じゃあ勝利した側はおもしろかったの? 『花燃ゆ』と『西郷どん』が面白かったって?
「俺の知っている歴史となんだか違うぞ!」
「負けた武家の女は自害しろ!(※それは幕末の話っしょ……)」(『真田丸』)
→あの考証担当者チームに挑むって、何の罰ゲームですか?
「女が城主! ウギギギギギギ!」(『おんな城主 直虎』)
→女が上に立つからってバグを起こしなさんな。

さて、こういうのは「ひどいバッシング」でしょうか。
普通に観ていても、こういう疑問を呈する人も中にはいるでしょう。しかもここに出て来る批判というのは、武者さんが、嫌いな作品に対して投げつけているのとそもそも変わらないのではないでしょうか。それへの突っ込みも何だか幼稚に見えます。『平清盛』はこのブログの関連記事(平清盛タグ)でも書いていますが、リアリティを出そうとして汚し過ぎた感は確かにあります。そして『八重の桜』に対しての『花燃ゆ』と『西郷どん』ですが、無論私は『西郷どん』は楽しんでおりました。『真田丸』に関しては、武者さんは考証の先生方によほど敬意を抱いているのだろうと申し上げておきます。そして『おんな城主 直虎』の「女が城主! ウギギギギギギ!」(笑)。私もこの大河の批判を何度か目にしましたが、生憎こういうのは見たことありませんね。そして、

まぁ、要するに、大河のオールド視聴者層の中には(あるいは大半?)って、歴史ものを見たいわけじゃないんだな。
・時代劇のコスチュームを着ている
・女は良妻賢母のみ、女城主は許さない
・ラストは一国一城の主になってスッキリしたい
要するに、高度経済成長期サラリーマンが没入できる、コスプレだったわけです。
そんなものはいらない。
日曜8時にまで、上司接待飲み会ノリなんてうんざりだ。

こんなこと書いてるけれど、過去の大河の出演者や制作に対して随分失礼ですね。しかも
「そういう視聴者が主流となれば、もう大河は終わりです。」
とありますが、そういう視聴者(武者さんが考えているよりもう少しまともだと思います)がかつての大河を支持していたわけであり、その人たちが視聴者の主流であった時代は、大河はずっと続いていたわけです。この辺も何だか矛盾していますね。しかしコスプレとか他にもキャバクラとか、ご本人は揶揄しているつもりなのでしょうが、もう少し言葉に気をつけた方がいいと思います。恐らく改めないだろうとは思いますが。

そんな上司接待に疲れ果てた世代は、むしろ『いだてん』の暗い世相に向かい、翻弄される姿がグッとくるはずです。

それよりも先日ここでご紹介した『山河燃ゆ』の方が、初めからより暗い世相に向かっていて、より重い展開になっていますが、そういうのを観たことがないのでしょうか。これに限らず武者さんのコラムには、ある時期より前の作品を観ていないと思われる記述が見られますが、いやしくも大河を語る以上、DVDが出ている作品には目を通しておくべきでしょう。そういうのは「高度経済成長期サラリーマン」が没入できるコスプレだから嫌なのでしょうか。しかし高度成長期というのは、70年代前半頃までの話ではないかと思われます。『山河燃ゆ』などは1984年の作品なのですが。

その後にも、恐らくは武者さんの妄想が多分に入っていると思われる大河視聴者への言及、さらに例によって例の如くの動画紹介が続きますが、もう突っ込みたくないので省略します。

しかし他にも日本がなぜアメリカに宣戦することになったのか、これも理解できていないように思えます。恐らく戦前とか、高度成長期の残滓のように見える現象が嫌いでたまらず、それへのアンチテーゼとしてポリコレやジェンダー論、さらにはテレビに対する動画を「新しい感覚」として持ち込んでいる感じがします。『まんぷく』への過剰とも思える批判も、それが根底にあるように思えます。さらに他のコラムでも書いていましたが、所謂MeTooとか、フランスの黄色いベスト運動に共感するなどと書いており、少なくともネット上では、そういう人物なのだということを印象付けたいようにも見えます。

私は武者さんが、実際はどういう人物なのか無論知りません。ただネットの片隅のアフィリエイトブログ(恐らく)で、好きな作品は持ち上げる一方で嫌いな作品はけなし、さらに上記のような発想から、大河ドラマにまでジェンダー論的な発想を持ち込む人であるのは事実です。しかし歴史に詳しいとか、ミスリードしない文章を書けているかといえばそうでもない。この武将ジャパン自体、あるいは文章に批判的なツイを目にしたことがあります。これは歴史サイトの部分を言っているのだろうと思いますが、ドラマ関連に至っては、とにかく自分の理想を判断基準としているわけで、その意味では歴史サイトよりもっと批判されるべき存在ではあるでしょう。

2日の投稿で、「嫌いは好きの裏返し」といったことを書いています。嫌いなものは叩きまくる武者さんですが、好きなものは反対に徹底的に持ち上げます。しかしあまり持ち上げるのも、かえって不自然な賞賛に見えてしまいます。

ところでこのコラムではありませんが、『まんぷく』関連で『半分、青い』について書いている部分で、岐阜県恵那市が来年の大河ゆかりの地でもあり、おすすめといった記述があります。しかし来年の大河は、期待しないといった意味のことを大河コラムで書いていた記憶がありますが、どうなっているのでしょうね。

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[ 2019/04/04 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

『まんぷく』コラムに思うこと 4

先日も武者さん関連で書いたのですが、週明けで『まんぷく』コラムを覗いたところ、のっけから『いだてん』上げ、『まんぷく』下げばかりです。大ざっぱにしかピックアップしませんが

意味のある裸尻
『いだてん』の裸はこう見えるらしいです。私はもうこれは観ていませんが、どういうシーンなのでしょうか。ならば『西郷どん』の相撲は褌一丁でないとできませんし、戦後すぐの製塩業の裸の男衆も然りなのですが、こういうのは「意味のある裸尻」ではないのでしょうか。

ビジネスジャーナルの記事「『いだてん』“大衆離れ”で低視聴率の理由…偏差値60以上志向に陥るNHKの悪い癖」
これも配信元はどうかと思いますが、『いだてん』というドラマの軸が1本でないことや、感情移入し難いなどの部分にはうなずけるものはあります。それを「バカに向けて作るな」と言い、『いだてん』や海外ドラマは賢い、『西郷どん』や『まんぷく』は偏差値低いと決めつけています。いくら何でも『西郷どん』や、『まんぷく』のあらすじを間違えてばかりいた武者さんに言われたくありません。そもそも私はこのコラムの海外ドラマは観たことはありませんし、『いだてん』が賢いとも別に思わないし、『西郷どん』や『まんぷく』が低偏差値とも思いません。しかし何かにつけてバカと言うのは武者さんの悪い癖ですね。

世良も、真一も、まるで老けないまま存在する
登場人物が老けない云々というのなら、直虎もきり(真田丸)も、ある一定年齢から歳を取らなかったように見えます。(世良は確かに変わっていません)女性の場合はまた別ということなのでしょうか。ならば『おんな城主 直虎』の龍雲丸はずっとあのイメージだったと思いますが、この辺は如何。

薩長にも義はあったと八重の桜は描いたのに、『花燃ゆ』や『西郷どん』では描いていない
『花燃ゆ』は主人公が戦に行っていないせいか、その部分は描かれていません。しかし『西郷どん』では「多くの人を殺し、多くの物を壊した」と戊辰戦争を振り返っていますが、武者さんはこれをどのように捉えたのでしょうか。そして東日本の『八重の桜』は素晴らしい、西日本の『花燃ゆ』と『西郷どん』はよくないというお馴染みの論調。要は薩長嫌いなのですが、『まんぷく』も大阪だからこちらに加えたいのかも知れません。しかし『八重の桜』の後半は京都でしたし、東日本舞台で『天地人』という朝ドラのような大河もあったのですが…。こういうのこそマウンティングだと思いますが、武者さんはなぜか『まんぷく』の、至極当然と思われるシーンをマウンティング呼ばわりしたがります。ところで『いだてん』、関西での視聴率がやはりよくないようですね。関東より1パーセントから2パーセント低いです。

浴衣でイチャつく立花夫妻が気持ち悪い
またですか(苦笑)とにかくこの夫婦が寝室にいるシーンには、必ず横槍を入れて来ますね。

ところで視聴率について。武者さんは、『直虎』の時はそんなの関係ないと言っていたと思いますが、『西郷どん』や『まんぷく』では何かのように視聴率について書き、そして今回はまた視聴率など古いと書いています。随分と都合のいい話です。『いだてん』は最初から数字には期待できないといったことを書いているのですから、そこまで気にしなくていいのに。

それから『西郷どん』で伊藤俊輔→博文を演じた浜野謙太さんが、3日放送の『いだてん』にも登場したということです。こちらはハルビンで明治42(1909)年に暗殺された時の設定ですが、この時の字幕がおかしいとネット上でいわれています。字幕にはこうあります。
「ハルビン駅で初代内閣総理大臣の伊藤博文が、日本の朝鮮統治に不満を持つ朝鮮人によって撃たれました」
これは正しいとはいえません。ここでは明記されていませんが、犯人は安重根とされています。しかし彼以外の可能性もあります。それからこの書き方では、伊藤暗殺当時に日本が既に朝鮮を統治していたようにも取れます。しかし日韓併合は明治43(1910)年のことです。当時は第三次日韓協約による保護国で、伊藤は韓国統監でした。元々この人は併合には不賛成だったともいわれています。また併合後は朝鮮半島内のインフラは整備され、朝鮮人の子にはハングルが教えられました。

それと大河もそうですが、朝ドラコラムにも政治をぶち込んでくる姿勢はどうにかならないものでしょうか。このコラムは武者さんの個人ブログではないはずですが。

また上記の記事に、「感情移入すべき人間が描かれていない」という部分があります。実際役所さんの嘉納治五郎も、もう少し人としての部分を描いていたらと思います。『陸王』の宮沢社長がよかっただけによけいそう思いました。

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[ 2019/03/05 00:15 ] その他 | TB(-) | CM(0)

大河の主人公の知名度

ここのところの大河で思うのが、女性主人公をはじめとする、知名度があまり高くない人物が主人公の作品と、知名度がある男性の作品が交互に続くことです。女性主人公が隔年になった2010年代から、特に『八重の桜』以降からこの傾向が顕著になっています。山本(川崎、新島)八重という人は、新島襄の奥さんであったことは知っていましたが、それ以前をあまりよく知らなかったので、女性主人公の大河としては比較的興味が持てました。しかしそれ以後の女性主人公『花燃ゆ』の杉文(楫取美和子)、『おんな城主 直虎』の井伊直虎などは、それぞれ長州藩士や今川家が主人公の方が、収まりがいいのではないかと思いました。

今年の『いだてん』も、主人公の知名度が高いとはいえないかもしれません。もちろん陸上競技をやっていたとか、スポーツやオリンピックに詳しいのであれば別です。ですから半年単位にして、それぞれ別のシーンを描こうとしているのでしょう。それはいいのですが、如何せん東京オリンピックというのは、時代としてはかなり近いといえば近いのです。その当時を知る人は今もそこそこいます。だからそれを大河化といっても、特に年配の方はぴんと来ないかもしれません。かといって、金栗四三だけだと1年間はちょっとしんどいでしょう。しかし知名度があまり高くない、ニッチな人物を持ってくるというのは、あるいは予算の関係もあるのでしょうか。

著名な主人公とそうでない場合とでは、確かに後者の方が予算は少なくて済むかもしれません。女性の場合は特に、合戦などのロケが少ないからです。しかし予算はともかく、知名度が低くても他に著名な人物を絡ませるとか、大河でなくスペシャルにするなどの手はありそうなものです。以前女性主人公はBS時代劇にしてはどうかと書きましたが、それと似たような感じです。『坂の上の雲』形式という方法もありそうです。そういえば柳川市では立花宗茂を主人公にしたがっているようですが、九州戦国大河として描くなら納得です。その他にも候補は多いかと思いますが、今後はある程度の知名度のある人物と、そうでない人物は棲み分けた方がいいのではないでしょうか。

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[ 2019/02/24 00:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『武将ジャパン』大河コラム総評に思うこと

『武将ジャパン』大河コラムの総評というものがあります。これは毎年行われているようで、昨年は「褒める事しかありません」でした。無論私としては、今年の方が結構「受け入れられる」大河ではありましたが、それはともかく。はっきり言ってこの総評なるもの、なぜ武者氏が『西郷どん』を嫌いなのかの再確認でしかありません。この大河に関する予想が的中したとありますが、自分で悪いと予想していて、放送開始後も悪いと書いているのだから当然だと思います。その中からいくつか。

例によって、海外作品動画のリンクがやけに貼られ、そして「黒船来航」などと書かれています。日本のテレビはオワコンだと言いたいのでしょうが、武者氏が紹介する海外作品にはそう興味を惹かれないこともあり、それがどうしたのだと言いたくもなります。そして例によって、『真田丸』と『おんな城主 直虎』しか引き合いに出しません。朝ドラは『半分、青い』のみです。

しかもこの朝ドラで、「視聴率には必ずしも反映されない、新規ファンの開拓」などとありますが、具体的にどのようなことだろうと思います。嫌いな作品には散々言う割に、好きな作品に対しては激甘なのだなと思います。一般のファンならそれでもいいでしょうが、武者氏はレビュアーなのです、一応。そういう人がこういう物の見方でいいのでしょうか。歴史を知らない人間は歴史ドラマの制作から退けと言う割に、ご本人はどの位歴史に通じているのかと思います。史実であることをそれと指摘できていないし。

これには前後編がありますが、どう考えてもそこまで分ける必要もなかったと思います。後編記事などリンクだらけです。しかも、『西郷どん』のどういう部分がよかったのか、適切な感想と分析をコメント欄に残して行くようにとまであり、それが皆無なのは、説得できる材料がないのだろうとまで書いています。理由はひとつ、どう考えても削除されてしまう確率の方が高いからです。実際このコラムで、批判的な意見をしたところ削除されてしまったのを目にしたこともあります。このコラムにいつも目を通しているのであれば、敢えてそういうリスクを冒す真似はしないでしょう。

それとふきがよほどお気に召さないようで、本当は新門辰五郎の娘なのに、ああいうキャラにしたというのが許せないようです。しかしこのふきは、あくまでも薩摩の農民の娘の設定です。新門辰五郎の娘がモデルであるかもしれませんが、この中ではそういう設定にはなっていません。それを言うなら『真田丸』のきりだって同じでしょう。高梨内記の娘は信繁の側室ですが、果たしてああいうキャラだったのでしょうか。女性キャラが最低ともありますが、男性に従う女性という設定が嫌なのでしょう。糸なんて毅然としていたと思いますが。

そして『八重の桜』との比較がまた出て来ます。しかし何もここでやらなくていいでしょう。そもそも最初から『八重の桜』が正しいという、いわば出来レースと言っていいわけで、双方の主人公の視点で見ていないのが明らかです。ゆえに、およそ真面目に見る気になれないというのが正直なところです。

しかもその中に「敵対者をカッコよく描いたのか」なるものまであり、松平容保公にウナギを食わせてけしからんなどとあります。しかし吉之助の敵対者はこの場合むしろヒー様、徳川慶喜です。容保公ではありません。ヒー様はそこそこ格好よく描かれてはいましたね。それよりも松平容保がウナギを食べるシーンがあったかと思いましたが、慶喜たちが大坂から江戸に戻った後、ウナギが出されていたあの時ですね。

どうも武者氏は、薩摩と会津を対立させたいと思っているのかもしれません。しかしそれは『八重の桜』の見方です。そして前出のように、この大河で吉之助が敵視したのは慶喜です。武者氏はちゃんと『西郷どん』を観ていたのでしょうか。そしてその後幕府方のフランス関連から転じてフランス革命、そして例の、クリスマス商戦に大打撃を与えたシャンゼリゼのデモ騒動。

「革命を経て国民の声こそ政治を動かすという、フランスの源流」云々とありますが、革命時ならともかく、議会政治があるのに直接的に政治を動かすというのも、腑に落ちないものです。中国ならまだわかりますが。フランスは割と政府が大きな権限を持ち、日本から見れば所謂国家権力が強いです。民営化した企業を再び国有化したりもしています。かのデモもそういう政治の延長線上に生じたものであり、その意味でみだりに理想化するべきではないとも思いますが。

それと考証の磯田道史氏のこと、何気に貶めているようですね。キャバクラの名前にも登場しなどと書いています。本当に妓楼をキャバクラと呼ぶの好きですね。そしてご本人も出演したとありますが、京都前市長の役で何分間か登場したのみです。この「総評」では、俳優さんもこんな大河に出るな、集めた方が悪いなどともありますが、私としてはこのキャスティングはかなりよかったです。何よりもメインとなる3人がそれぞれの役に合っていましたので。

あとイベント関連でも『八重の桜』と比較していますが、「鹿児島おはら祭り」に出演者が登場していたのを、まさかご存知ないわけはないと思うのですが…。それとこのコラム、以前も書きましたが、言葉遣いがやはりどうかと思います。

それと先日の中尾氏関連でも触れましたが、先日の「対抗意識と優越感」で登場したAさん、Bさん、そしてCさんですが、それぞれ『おんな城主 直虎』、『花燃ゆ』、『西郷どん』です。またAさんの友人は武者氏であることを付け加えておきます。

飲み物-レッドビール
[ 2018/12/28 00:30 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

武者氏の『西郷どん』第47回レビューに関して

久々にというか、大河の1エピ分関連としては、これが最後かもしれません。もうあの大河コラムには、アクセスする気持ちが起こらなくなりました。来年は多分ないかと思います。(青文字武者氏コラムよりの引用)

この苦行がやっと終わった!

似たようなことを、昨年の今頃しみじみ感じていたのを思い出します。

やっと退場したかと思ったら、(西郷が)しつこく幽霊になったり

さてこのエピで、西郷隆盛が幽霊となって出て来るシーンなどあったでしょうか。回想として出て来るシーンはありました。またかなり前に島津斉彬が幻となって、隆盛の前に現れるシーンはあったと思いますが。

CGを無駄に駆使した移動シーン

無駄であったとは思いません、むしろああいう風に南下して行ったのだなと思いました。でないと延岡から小林、鹿児島まで移動するとナレで言っても、その地に住んでいるとか行ったことがある人でない限り、恐らくわからないでしょうから。

琴子も従道に対して「戦争やめてアピール」

息子の宗介が隆盛に同行したこと、従道の実の姉であることから、こうなるのもやむをえないかと思います。なお武者氏はこのシーンに関して、「相手が違くありません?むしろ西郷どんでしょ」と書いていますが、そもそもこの大河では、陳情に向かおうとした西郷一行を政府軍が川尻で攻撃したため、一連の戦いにならざるを得なくなったわけです。政府が賊認定したこともあり、先に戦端を開いたのは政府軍です。
(余談ながらこの「違く」ですが、今は割と使われるようになっていますが、元は北関東や東北南部の言葉のようですね)

その少し後ですが、

西郷糸子もバカでしたね。

いきなりバカ呼ばわり(苦笑)。少なくとも上記のシーンで、糸は家族をたしなめ、従道から隆盛が城山にいることを聞いて、覚悟はしていると答えています。しかも糸は従道の立場上の辛さも理解していました。どこが「バカ」なのやら。

明治維新はフランス革命と全然違いますし、明治政府は農民一揆ごときが政治をひっくり返してけしからんという考え方です。デモクラシーの芽をむしろ摘んできた。

まず明治政府は農民一揆が作ったというのがおかしい。各地で討幕の動きが出て来て、雄藩の武士たちが蜂起したと言うべきです。無論奇兵隊のように農民出身の兵もいましたが、彼らも洋式銃で訓練を受けている以上、農民一揆と同一視はできないでしょう。しかし武者氏は朝ドラコラムなどで差別がどうこうと書いていますが、こういう時は平気で農民を差別するような表現をしますね。しかもそれを言うのなら、幕府歩兵の御料兵も農兵なのですが。そして明治維新後、下野した土佐勢により、デモクラシーの一環ともいうべき民撰議院に関する建白書が出されています。ちなみにこの部分、村田新八が『ラ・マルセイエーズ』を弾いたからということのようですが、彼はフランスにいたのだからそれは知っているでしょう。またフランス革命も革命後に、ヴァンデの反乱で農民が蜂起しています。

(西郷の助命が山県の功績になっていない件について)
維新までは長州藩こそ大正義と言いたげに、会津藩を足蹴にしながら持ち上げていたのに、明治以降は正反対になっている。

山県は自分で命じこそしなかったものの、まず城山総攻撃をするかどうかは、陸軍卿である本人が切り出しています。ただ、隆盛の助命を条件にする降伏を促したのは大久保利通というわけです。それと長州藩が会津藩を足蹴にしていたとありますが、正しく言えば、長州が「足蹴」にしていたのは禁門の変後の「薩摩と会津」(「薩奸會賊」)でしょう。勝手に薩摩を省略しないで頂きたいものです。

武士っていうのは、死ぬ前に食事しないもんですよ。
遺体から食べ物が出るとみっともない。切腹のことを考えたもんです。

西南戦争前、村田新八のお腹が鳴るシーンですが、ここでは誰も食事などしていません。隆盛が鰻でも取りに行きたいが、もう時間がないと言っただけです。その前夜の乱痴気騒ぎと間違えているような気もします。しかもこの西郷軍は、この大河では誰も切腹していません。どこをどう観たらこうなるのでしょうか。それに死ぬ前に食事しないと言うのなら、『真田丸』の北条氏政、切腹前に汁かけ飯を食べていましたが、あれは何だったのでしょう。

なんでどいつもこいつも、西郷どんの生き死にを確認しているんですかね。無能でふとましいクズじゃないですか。

西郷隆盛が主人公である以上、当り前だと思います。無能でふとましいクズ云々も、武者氏が自分でそう思っているだけではないでしょうか。

西南戦争のおかげで、鹿児島や熊本は大打撃を受けています。

鹿児島は大打撃を受けているにもかかわらず、西郷隆盛は地元では人気があります。しかも、西郷隆盛の偉業が台無しにされたという記述もありますが、ドラマでは隆盛がなしえたことも無論描かれています。武者氏は、それをきちんと紹介したのでしょうか。

その他にも『八重の桜』だの旧幕府方だの、菊次郎推しだのゲスの極みだの、いつもの「武者節」なので割愛しています。家族でなくもっと戦を描けなどともありますが、ならば曳馬城の戦いのシーンもなかった昨年の大河は何だったのでしょう。当初は、これと一緒に『八重の桜』のDVDを観ようと考えていました。しかしこのコラムでやたら『西郷どん』叩きの道具のように使われるため、多少冷却期間を置きたいと思います。『八重の桜』も結構好きなのですが(あれにはまた幕府方の立場が描かれていますので)、こういうことになって残念です。

[ 2018/12/22 23:45 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

再度『武将ジャパン』大河コラムについて

朝ドラ関連サイトを見ていて、ついでに大河コラムも久々に見たのですが、これがやはりというか相変わらずでした。一応今回もつっこみどころをピックアップしています。というか、ドラマ(先日の回だけでなく、これまでのすべて)をきちんと観ていないのでしょうか、どこかぶれた印象を少なからず受けます。

八重の桜云々と翻って『西郷どん』……岩倉使節団はただの旅行感覚ですわ。
菊次郎や甥の留学も、「国費で留学出来てラッキー♪」
(中略)国のために学ぶ――山川兄妹が抱いていた、そんな凛とした決意なんて、どこにもない。

これに関してですが、まず岩倉使節団は「旅行感覚」というのを示すシーンがどこにもない。むしろこの大河は留守政府を中心にしているため、使節団は大久保利通以外敢えて描いていない。それから菊次郎とか市来宗介(名前くらい書いてくださいね)もどこをどう見れば「ラッキー♪」なのか不明。単に主観で観て、それも初めからネガティブに持って行こうとしているとしか思えません。
それと例によって『八重の桜』を持ち出していますが、なぜ舞台も主人公の立場も違うこのドラマを持ってきたがるのか。仮に『八重の桜』に菊次郎が登場していて、それを比較するのならわからなくもないのですが。

それから主人公が段々暗い方向へ向かっていることについて、

そんなことを言うなら、昨年の主人公・井伊直虎さんは女性ながらにして家臣を刺殺しておりましたよ。一昨年の真田幸村は、ノリノリ謀略オヤジ・真田昌幸のせいで、暗殺にも立ち会っていた。
主人公でも、重要人物でも、ときに暗い方面へ向かわねばならない。
そういう苦悩をちゃんと史実をふまえつつ、丁寧に描いてこそドラマでしょうがァ!

井伊直虎の政次刺殺云々は、ここで同列に語られることなのか甚だ疑問。そして『真田丸』の信繁(この大河では、まだ幸村ではありませんでした)も、父と叔父の陰謀ともいえる策に悩んでいて、父が信じられないと三十郎に漏らしています。その辺りガン無視なのでしょうか。せめて『軍師官兵衛』が黒くなって行くのを引き合いに出してほしいところですが、お嫌いなせいかこれも無視ですね。あまり好き嫌いがあると、適切な比較が出来なくなるのではないでしょうか。それに苦悩関連、今までの吉之助と一蔵を見ていれば、どれだけこれが重苦しい物であるかがわかるはずです。
それと
「ドラマでしょうがァ!」
こんな書き方がどうにも安っぽいというか煽情的ですね。

これ(居留民の保護)は戦争を仕掛ける理由として、かなりありがちな大義名分。
かつその正当性が薄いことも、得てしてあるものです。
(中略)征韓論のせの字も出て来ない。

居留民保護は、国民国家が成立した近代においては、きわめて当然な処置ともいえるでしょう。実は居留民保護、所謂在留邦人保護に関しては、現在もまた半島有事を巡って議論されている問題で、現に今年の1月に、当時の小野寺防衛大臣が記者会見でこの点に答えています。(詳しくは防衛省の公式サイトにあります)しかもこの当時、戦争は一外交手段でもありました。それと居留民保護の正当性が薄いのであれば、その例を持ち出してしかるべきでしょう。この辺りも、史料を調べてから書いてほしいものです。さらに征韓論が出て来ないという問題、どういう話をしているかで察しがつかないでしょうか。

海外の骨のあるドラマならば、こういうことを暑苦しくお涙頂戴で煽る政治家はゲスですからね。
いきおい西郷どんもゲスい人に見えてくる。細心の注意を払ってセリフや理屈を決めておくべきところでした。

そんなに言うのであれば、その海外の骨のあるドラマとやらのレビューを書いて頂きたい。無理して嫌いなドラマのレビューを書いてもらう必要はありません。またあのシーンを観る限り、暑苦しくもなければ、お涙頂戴であるとも思いませんでした。かつて描かれた盟友同士が、異なる意見でここまでに至ってしまった、しかも策に関しては大久保の方が上手だったと思いつつ観ておりました。

「三条は扇の要」という西郷どんのセリフは、もう笑止千万。
小学生が見たって使えない無能貴族が【扇の要】だなんてありえません。

何をもって無能と言うのかまず疑問。そもそもこの三条実美というのは、調停役的な部分が大きく、そのため岩倉の方がやり手に見えたのでしょうが、そこまで使えない人物でもなかったようです。またドラマの中で、見舞いに来た西郷に会おうとするところ、さらに、留守政府はよかったと言う辺り、この人は政に対する見方はそれなりにある人物として描かれています。それにこの隆盛の立場上、自分より上の三条、しかも自分と岩倉や大久保の意見の対立により、体調を崩した人物に対しては、それなりに相手を立てることを言うものでしょう。この武者氏は、社会生活においてそういう経験がない人なのでしょうか。

大久保が恐ろしいことを企んでいる――と、三条が言い始めました。
あーあーあー!来た、来た、来たよ、またこのパターン。
【西郷どん悪くない・他の人が色々悪事を働く】というやつで、皆さん辟易しているとは思いますが、一応、書き出してみますね。

これも相当疑問。第一この場合、西郷は真剣に朝鮮行きを考えていたわけで、むしろ使命感に燃えていたはずです。そして実際大久保は、彼を裏切ると思われても仕方ないことをやっているわけです。
それとまたしても
「あーあーあー!
来た、来た、来たよ、またこのパターン。」
こういう言葉遣いしか出来ない人なのでしょうかね。

それから元薩摩藩士たちについてですが、

個々人ごとに性格設定もできていないし、それを表現するセリフもないから、そりゃそうなりますって。一方、『八重の桜』は、会津藩士の個性がきちんと描かれていた。皆、基本的に髷ですし、似通った服装です。それでもこの人にはこういう個性がある、彼は厳しいようで優しい……そんな風に見分けることができました。

元薩摩藩士の面々ですが、このドラマでは、ことさらそれを強調するまでもないと判断してのことでしょう。ただ村田、桐野などはそれらしく描かれていますし、逆に西郷家の面々は結構そこそこキャラが立っています。このドラマの前提を考える限り、これは当然であるかと思います。それとまたしても『八重の桜』云々て、どうなのでしょうね。『西郷どん』叩きの引き合いにばかり出されて、両方の大河の関係者に失礼かと思います。

歴史は西南戦争に向かっています。それなのに今週も長屋生活アピールタイムが入ってきます。邪魔くさい。げんなり。ナレーションだけで政府に辞表を届けたことにするつもりかよー。

まず、なぜ長屋生活のアピールが悪いのかというのが正直なところです。しかもすぐさま西南戦争が始まるわけでもなく、東京で残されたわずかな期間があるわけです。さらに木戸がここを訪れて、西郷と交わしたやり取りの中に、また西郷の人となりが表現されてもいるのですが。(実際体調が如何にも悪そうな木戸が、子供たちを教えられたかどうか疑問ですが)

それを受けて、江藤新平、後藤象二郎、板垣退助が廊下で大久保にメンチを切る、まさにヤンキー漫画そのものの場面が出てきました。いや、流石にヤンキー漫画に失礼ですよね、ごめんなさい。

同じシーンが『真田丸』に登場していたら、武者氏は絶対こう言っていないだろうし、恐らくはほめていたでしょう。あの中での石田三成と加藤清正のシーン、あれも似たようなものだと思うのですが。

そしてこのあと、またキャバクラタイム。
何が悲しくて、執務室ではなくてキャバクラで、岩倉と木戸が政治の流れを話すのでしょうか。
どんなシリアスな演技をしても、これは結局キャバクラでの話なんですね、ふーん、と思ってしまいます。

キャバクラと言いたがる辺りがどうかと思いますね、せめて料亭政治くらい言って頂きたい。しかもこの料亭政治とは、プライベートで話が出来る空間であるからの話です。いくら何でも罷免された面々と、表立って会うわけには行きませんからね。武者氏はこんなこともご存知ないのでしょうか。

フキの慶喜への態度も最低でしたが、おゆうも大概ですな。
モテがテーマである本作。このせいで、女性キャラが壊滅的に魅力に欠けるというドデカイ欠点を抱えることになりました。(中略)そのせいで、本来の夫にあたる人物を軽んじているように見えてしまう。ただのクズ女にしか見えないわけです。特にフキ。徳川慶喜の寵愛によって貧しい身の上から引きあげられておきながら、慶喜を小馬鹿にし、重要な機密情報を漏らす――単なる性悪女に成り下がっておりました。

これも僻目だなと思います。他にも天璋院だのおゆうだの出て来ますが、そもそも篤姫(天璋院)は、この大河では西郷が昔から仕えていた設定であり、そのため西郷を重用するのも無理からぬ話ではあります。しかも彼女の夫は、結婚して2年足らずで亡くなっていますが、夫を軽んじていたという描写はありません。またおゆうは、夫の友人である西郷に対してはきわめて当然の対応でしょうそしてふき(フキではありません)、西郷は好きだが自分の身請けをしてくれた慶喜は裏切れないというのを、この大河の中で言っているのですが。ただこの中ではふきが、一番屈折した運命を辿っているともいえるでしょう。それが彼女の態度に出て来てはいます。

そして……西郷どんが大久保に向かって
「なんでハッキリ言わなかったのか?」
と迫るところは、思わず笑いそうになりました。男に振られた女が、相手の男の家まで行って、
「他に好きな女がデキたってハッキリ言えばいいじゃない!」
と切れてる姿とダブったんですよね。

あまり上品な喩えではありませんね。
西郷-大久保は盟友だと思っている
大久保―自分は理想とする政府があり、それに西郷は入れられない
この両者の違いでしょう。別に西郷は女々しくありませんが、大久保がどのような立場に置かれているかを把握していなかったように見えます。だからこそ、大久保は西郷が去った後、やるせない気持ちになったわけです。しかもこれ、西郷が本当に大久保の気持ちを知らずに言ったのか、それははなはだ疑問です。

それから『花燃ゆ』と比べてどうのこうの。どこのだれが言ったのか説明して頂きたいものですね。
ちなみに先日黒木華さんが土曜スタジオパークに出演した時、地元の人たちが、「(自分たちに)サッカー選手みたいに手を振ってくれる」と言っていましたが、武者氏的にこのセリフはどう受け止めるのでしょうか。

今年の場合は特に、同じ幕末でしかも幕府方の『八重の桜』を引き合いに出している感があります。しかしこの両者は舞台も、主人公の置かれた立場も違います。この大河にはこの大河なりのコンセプトがあり、薩摩の立場があります。それが無視されています。それと、ここでこう言うべきかとは思いますが、レビューを書くのであれば、是々非々の感覚が必要です。ドラマのいい面、悪い面それぞれを取り上げ、評価または批判する姿勢が何よりも求められます。そのためには客観性がおのずと伴います。初めからネガティブな視線のみで、しかも他の大河を引き合いに出して、やれ何が足りない、どのように描けと、要求ばかりがエスカレートしているのがこのコラムではないでしょうか。

このコラムを続けたいのであれば、ライターを変えるべきかと思います。これが編集部の方針なのかもしれませんが、こういうコラムを方針として続けさせるのもどうかと思われます。

尚NHKにはこのコラムのことを伝えています。これは前にも書いていますが、NHKはさほど気にも留めていないでしょう。むしろNHKを動かすほどのサイトであれば、それはそれで大したものだといえます。

[ 2018/11/20 00:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

西郷どんスペシャルBS放送と武者氏の朝ドラ批判

最初に、『西郷どんスペシャル3』の放送についてです。10月28日の午後2時から、BSプレミアムでも放送されますので、お知らせしておきます。
https://www.nhk.or.jp/segodon/info/special-program03.html

それから以前、大河ドラマを嫌いになる理由とはで、『武将ジャパン』の朝ドラ批評について書いたことがあります。尤も私は、この朝ドラ評は3回ほどしか見ていません。朝ドラを日常的に観ないこと、そしてこの批評がやはりひどいというのが、理由として挙げられます。何でも武者氏は『半分、青い』がお好きだったようで、そちらの方はかなりほめていたようですが、今回の『まんぷく』は嫌いということでかなり叩いています。

しかし好き嫌いだけで評価するべきなのかどうか、これがまず疑問です。そしてドラマの最初の方で、主人公福子の母親が武家出身なのに、福子が持ち帰った缶詰をつまみ食いしているのを、『八重の桜』を引き合いに出して批判しています。『西郷どん』の批判に使うのもどうかと思いますが、なぜ舞台も時代設定も異なる朝ドラで、『八重の桜』を引き合いに出すのかよくわかりません。自分が気に入らないドラマに対しては悉く「八重の桜では…」なのでしょうか。『八重の桜』も、そういう目的で作られたものではないでしょうに。

そしてこの武者氏に似た存在ということで、ラグビーライターの中尾氏と永田氏も以前紹介させて頂きました。実際批判の仕方そのものは、同じといっていいでしょう。自分が気に入ったチームや人物を基準にして、他のチームや関係者を叩くという方法です。特に気に入らない存在への、批判というか非難はかなりのものです。個人で書くのならそれもいいでしょう。しかしそれを公表して、お金をもらっている以上、もっと第三者的な見方が必要になってくるはずです。

しかも自分の指摘が間違っていても、謝罪の言葉はありません。結局は自分の好きな存在、気に入った存在のみを善として広めたいのか、そう邪推したくもなってしまいます。座標軸がぶれていては、座標そのものもおかしくなってしまうでしょう。それから話題が変わりますが、『篤姫』江戸開城関連エピソードのまとめ、明日アップ予定です。女性主人公の中ではそこそこと思っていましたが、やはりこの描き方はどうかと思う部分、あまりにも青春ドラマ的ではないかと思われる部分も結構ありました。

飲み物-エールビール
[ 2018/10/27 00:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

『篤姫』の江戸開城前後の描写 3

本当は『西郷どん』スペシャルその3について書こうとしたのですが、『篤姫』の終盤の方のDVDを観ていて、結構突っ込みどころが多いのに気づき、予定の3回を少し増やして、そのうちの1つを今日書くことにします。

まず第44回の「龍馬死すとも」。小松帯刀と坂本龍馬が交流があったのは事実でしょうが、小松ほどの大身の武士が、気軽に龍馬の宿を訪ねたりするようなことはあったのでしょうか。この大河では2人が大政奉還で平和路線を探ろうとしたのに、西郷や大久保が討幕を主張した形になっています。しかし小松も薩摩藩の人物であり、討幕の意志が全くなかったわけではないでしょう。その一方で、西郷と大久保が最初から討幕ありきで、小松と対立するように描かれているのも、ちょっとどうかなとは思います。小松はあの2人とは考えが違うというセリフを吐きますが、中の人といいこのセリフといい、『西郷どん』の大久保利通を思わせます。

それと岩倉邸がきれいすぎ(笑)。これは『八重の桜』や『西郷どん』の方が、リアリティがあります。まだ大政奉還の前だから岩倉村に滞在していて、かなりのわび住まいだったはずなのですが。さらに大奥の中で、大政奉還の噂があちこちで広まるという設定になっていますが、これも何やら井戸端会議的な描写です。大奥の描かれ方は、やはりどこか朝ドラ的なのですが、しかしここまで伝わりますかね…。

また大政奉還の際に、小松が1人だけ意見するというのもちょっと不自然。これも天璋院の「元カレ」設定だから、尺を多く割いているといった感じです。それとこの人物がどこか愚直というか、清廉潔白さのみが強調されている嫌いもあります-確かにこの人の諱は「清廉」ではありますが。しかし小松帯刀がこれだけ出て来るのであれば、やはり琵琶を弾いてほしかったものです。龍馬暗殺を暗示するのはお龍の月琴でなく、小松の琵琶でよかったのではないでしょうか。

その龍馬暗殺に関してですが、この描写にも多少異議ありです。急に刺客が階段を上るシーンが出て来て、しかも殺され方があっけなさすぎです。無論制作サイドも、今回はちょっと変えてみようとしたのでしょうが、せめて相手の太刀を、鞘で受け止めるくらいはやってほしかったです。龍馬暗殺のアレンジといえば、『新選組!』の鶏の皮談義を思い出します。あの時のプロデューサーも屋敷陽太郎氏でした。

それと第45回「母からの文」、このサブタイにもあるように、小松帯刀が天璋院の母、幸に手紙を書くように懇願します。要は薩摩に戻るよう勧めてほしいわけです。この時既に体を悪くしているのに頼みに行くのが、小松の必死さを物語っています。しかしこの当時、既に将軍家に嫁いでいる娘に母親が帰れというかどうか。無論幸も、一旦は向こうも覚悟しているからと断るものの、小松は島津久光の許可をもらい、手紙を書いてくれと頼み込みます。この辺も元カレ設定と言うべきでしょうか。

さらに王政復古の描かれ方、これもあっさりしすぎです。薩摩の蛤御門護衛も、山内容堂の、慶喜の辞官納地への異議申し立てもなしです。あれだけ龍馬や大政奉還を出して来ているのに、容堂公の出番がないのも如何なものでしょうか。また王政復古に関して、吉日ではないという異論が出ますが、今再放送中の『軍師官兵衛』で、似たようなセリフが出て来ています。こちらは中国大返し関連です。

一方大坂城にいる慶喜(この大坂城の映像、『天地人』でも使われたようです)は、未だ自分が主権者であることを外国公使に伝えており、天璋院は、薩長を怒らせると気をもむわけです。それでなくても薩摩御用盗が跋扈しており、庄内藩とは明言されずとも、薩摩藩邸が焼き打ちされたとの情報が飛び込みます。これが引き金になり、鳥羽伏見の戦いとなるのですが、ここで錦旗(これでは日月旗ではなく菊紋の旗)が翻ったため、朝敵となるのを恐れた慶喜は大坂から江戸へ逃げ帰ります。この朝敵認定と逃げ帰ったことが、またしても大奥中に知れ渡り、結局これによって、天璋院は慶喜に厳しい態度を取らざるを得なくなるようです。それについてはまた次回にします。

『西郷どん』の放送が始まった時、篤姫を密かに愛する設定になどとも言われたようですが、安政の大地震のシーンにしても、必ずしもそうとはいえないようです。やはり吉之助が愛した相手は糸どんでしょう。しかしこちらは、小松帯刀が初恋相手という前提で進められているだけに、小松がいわば私情で、殊更に天璋院を助けたがっているのではないか、そう思わせるシーンが多いですね。2人が異口同音に「戦は避ける」などとも言っていますし(両者の立場上このセリフはありえますが)。

無論『江~姫たちの戦国~』や『花燃ゆ』、『おんな城主 直虎』に比べると、主人公が気ままに動けない分、ありえないようなシーンは少なくなっています。ただ大奥の描かれ方が、やはり朝ドラ展開になっています。この辺は女性主人公であるため仕方ないのかもしれませんが、どうも乗りが軽くなってしまうのが難です。小松や龍馬の男性パートは、もう少しシビアにしてもよかったのではないでしょうか。

飲み物-ホットココア
[ 2018/10/22 11:00 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)

女性大河のヒロインのキャラ設定の問題

いよいよ『西郷どん』も明治編ですが、そういえば、昨年の今頃は草履投げなるものをやっていましたね。あんなことさせずに、最初から小姓として仕える設定でよかったかと思うのですが。『軍師官兵衛』の直政は当然ですがもっと大人です。

さて、このブログでは女性主人公の大河についてかなりあれこれ書いています。女性主人公の場合、とかく純粋であるとか愛情に満ちているとか、清廉潔白などといったキャラ設定になりがちです。『おんな城主 直虎』は「まっすぐな」人物で、『花燃ゆ』は奥女中編で、「志、曲げませぬ」といったキャッチがついていました。こういう、女性主人公即ち「ひたむきでいい人」設定もまた、女性主人公大河を面白くなくしている一因ではないかと思います。前にも書きましたが、女性主人公が朝ドラの視聴者を大河に呼び込む手段と考えれば、そういう設定にならざるを得ないかもしれません。この場合女性主人公ではありませんが、『天地人』も含まれるでしょう。

またあまり有名でない人物の場合は、キャラ設定がしにくいということもあります。そのためどこか類型的にならざるをえず、本人の活躍場面が少ないため、あちこちに顔を出す作品も出て来るわけです。しかしこの設定ではやはり無理があります。しいていえば、大河は殊更に女性を入れなくても話は展開できるわけです。そうならないためには、つまりヒロインがストーリー展開の妨げにならないためには、当該人物をやたらにあちこち出さない工夫が必要になります。

しかしその方法だと、ならば女性主人公にする必要もない、主人公が誰だかわからないとなりかねないのが痛し痒しです。いずれにせよ大河は基本成長物語であり、多少汚いことやずるいこと、あるいは自分がみじめになるほど、打ちひしがれるようなことをも覚えつつ大人になるものである以上、単なるいいヒロインだけでは、やはりメロドラマの要素が強くなってしまいます。

ちなみに今後の大河のラインアップとしては

2019 いだてん~東京オリムピック噺~(近代~現代)
2020 麒麟がくる(戦国中期~後期)
(以上既定)
2021 太平記(鎌倉後期~南北朝)
2022 長州が舞台の大河(幕末~明治維新)
2023 東北または九州を舞台にした戦国大河(戦国中期~江戸初期)

だといいなと思っています。
無論、主人公はすべて男性でいいでしょう。女性大河をやりたいのなら、大河2クール制を採り入れてやるか、BS時代劇でやればいいのです。そのくらいの放送回数でいいはずですし、その方がもっと密度が高い作品が出来るのではないでしょうか。
なお長州が舞台の大河希望なのは、『花燃ゆ』があまりにも長州大河らしくなかったからです。せめて今度は男性を主人公として、リメークしてほしいと思います。リメークといえば、『天地人』もやってほしいものです。これは東北舞台の戦国大河でいいかもしれません。

それから『八重の桜』の総集編が、BSプレミアムで11月の日曜日の 午前6時に放送されます。こちらも150年ですが、あるいは長谷川博己さん絡みでもあるのでしょうか。(第1回と第2回が54分、第3回と最終回が59分)

飲み物-ホットカフェオレ
[ 2018/10/15 01:15 ] 大河ドラマ | TB(-) | CM(0)
プロフィール

aK

Author:aK
まず、一部の記事関連でレイアウトが崩れるようですので修復していますが、何かおかしな点があれば指摘していただけると幸いです。それから当ブログでは、相互リンクは受け付けておりませんので悪しからずご了承ください。

実は『いだてん~東京オリムピック噺~』を観なくなったので、再び『西郷どん』復習の投稿をアップしています。関連文献もまた読もうかと考えていますし、BSで再放送中の『葵 徳川三代』の再放送も観ています。そしてパペットホームズの続編ですが、これは是非とも三谷氏にお願いしたいところです。

他にも国内外の文化や歴史、『相棒』をはじめとする刑事ドラマについても、時々思い出したように書いています。ラグビー関連も週1またはそれ以上でアップしています。2019年、いよいよ日本でのワールドカップの年です。今季は代表下部チームとの兼ね合いもあり、スーパーラグビーでは今一つでしたが、ワールドカップでのベスト8成るでしょうか。

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